平家琵琶鑑賞会@永雲院

くろ谷金戒光明寺の塔頭・永雲院さんでの2回目の平家琵琶鑑賞会が開かれた。
語ってくださったのは、「小督」と、熊谷直実にちなんで「一二懸」、必ず最後に語る「上日」。
私は残念ながら病院の予約が入っていたので、「小督」だけを聴かせていただく。

前田流平家詞曲相伝者・鈴木まどかさんは、今年の春から平曲研究所を立ち上げて活動のはばを広げられています。まどかさんは、関東在住ですが、今後も、京都でも演奏活動を続けていただけると聞いております。多くの方に平家琵琶とはどういうものかを知っていただければと思います。私も及ばずながら応援してまいりたいです。

カメラを忘れていって、写真が無いのが、返す返すも悔しい。

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平家琵琶鑑賞会のご案内

くろ谷金戒光明寺の塔頭・永雲院さんで、平家琵琶鑑賞会を開きます。
平家琵琶を聴く機会は、京都ではめったにありません。
くろ谷金戒光明寺は、熊谷次郎直実が出家したお寺。その塔頭で平家琵琶の語りに耳をかたむけてみませんか。
平家琵琶は、前田流平家詞曲の相伝者・鈴木まどかさん。句組は、「小督」「一二駈」ほか。
また永運院さんは、江戸時代前期の天才面打師・天下一河内こと井関家重の菩提寺でもあります。境内墓地には、井関家重の墓もあります。

平家琵琶鑑賞会in永雲院

【日時】11月4日(水曜日)午後2時から

【場所】 永雲院(金戒光明寺 通称「黒谷さん」内) →こちら

【会費】1000円

鈴木まどかさんのサイト「平家詞曲研究室」

前回の様子

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融に会う

午前、ダンナさんが尼崎の中国の古典を勉強しておられる会の史跡見学の案内をするというので、同行させてもらった。
「源融ゆかりの地を歩く」というテーマ。四条河原町を出発して、河原院跡、上徳寺、本覚寺とまわる。
本覚寺さんの位置は、源融の河原院跡で、源融像を所蔵されていることで知られている。久々に融像に会う。
謡曲の「融」では、融が早舞で舞う。ちょうど今練習しているのは早舞なので、頭の中を何度もグルグル。
上徳寺さんは世継ぎ地蔵で知られているけれども、墓地へお参りさせていただいたのは初めて。徳川家康の側室阿茶の局の墓がある。

「本覚寺 実朝」でググったら、1番にでてきた。なつかしい。→こちら
今日は、ご住職さんにお会いできたので、本覚尼像の有無を再確認させていただけた。
やはり像は存在しない。

午後、姉弟子さんの笛を聴きに、大江能楽堂へ行く。
同志社大学金剛会の舞台。
私には、アシライやイロエの音を、それだけ聴いてもイメージがわかない。お稽古の時、舞台の上ではどんな風になるんだろう?絶対に聴きに行きたいと思っていたので、興味津々。
なるほど、なるほど。勉強になりました。

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しろのゆみ チベット・タンカ展

知人から案内のメールをいただいた。
見に行きたいなあと思ったので、勝手に宣伝。近日中に行ってみようと思う。

しろのゆみ チベット・タンカ展

平成21年6月16日〜27日(ただし21日と25日は休み)

午前10時から午後5時(最終日は午後3時まで)

会場:佛教大学四条センター・カルチャールーム(四条烏丸北東角京都三井ビル4階)

入場無料

タンカとは、チベット軸装仏画のこと。芸術品ではなくチベット仏教の信仰の対象として扱われるものです。
しろのゆみさんは、ダラムサラと日本を往来しながらタンカ絵師として活躍中だそうです。

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京都都市史の研究

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仕事の帰り、堀川商店街の行きつけの町の本屋さんへ寄ると、「ダンナさん、本を出しはりましたね」と言われた。
へっ?と思って指差す方を見たら、陳列棚のど真ん中にど〜んと鎮座している。
ダンナさんの2冊目の学術書。
新刊配本の京都郷土史の中にあったので、町の本屋さんでは売りにくい学術書にも関わらず注文してくださったそうだ。
アポロン書店さん、ありがとうございます♪

山田邦和著『京都都市史の研究』

B5判 上製函入 312ページ 本体価格9500円 吉川弘文館 2009年6月刊

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地主の桜

先日、能「熊野」の道行を追体験してみた。
少し満開は少し過ぎてしまったかな。

清水寺は、平日にも関わらず、ものすごい人。
花山法皇の一千年遠忌で、清水寺のご本尊が特別開帳している。
また開山堂も、ご開帳しており、坂上田村麻呂の像を拝見できる。
詳しくは、清水寺サイトで。
(平成21年3月1日〜同年5月31日)

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地主の桜は、期待して行っただけに、ちょっと…(>_<)

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「熊野」の道行部分の詞章を、一句づつ検証していきたいと思う。
いずれ「花にいとふ風」の謡曲史跡案内で…

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見渡せば柳桜をこきまぜて

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先日、鴨川べりを通ったら、桜と柳が交互に植わっており、今が盛りだった。
まさに、「見渡せば 柳桜をこき交ぜて 都は春の錦 燦爛たり」(西行桜)

写真は、夕暮れの車の中からなので、ぼやけてますが…

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西行桜

桜の季節になったら、西山の花の寺(勝持寺)へ、桜を見に行こうと思っていた。
西行法師は、勝持寺で出家し、庵をもうけたとされている。
西行法師と老桜の精が問答する能、「西行桜」の舞台でもある。
境内には、たくさんの桜の木が植えられていて、まさに満開。鐘楼の横には、西行桜と名付けられた1本があり、謡曲保存会の駒札が立つ。

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花の寺を後にして大原野神社へ行く途中、道を間違えて、山手の集落の中に入り込んでしまった。坂道のためか、原付のエンジンが突然止まってしまう。ああ、どうしよう!と思った瞬間、桜の大木が目の前に現れた。古木のようなのに、花のボリュームがすごい。もし老桜の精が現れるなら、この木かもしれないと思った。

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「西行桜」の中で、老桜の精は、京の桜の名所を数えあげる。その詞章の中に、ちょっと気になることがあるので、調べてみようと思う。そのまとめは、「花にいとふ風」で、いずれまた。

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堀川に清流復活♪

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29日、京都市内を流れる堀川の水流を復活させる工事が、やっと完成♪
犬君たちの格好のお散歩コースとなりそうだ。

一条戻橋の下には、水車を利用した水力発電があったり、野外ステージみたいなスペースがあったり、ベンチで休憩もいいし、二条城の前あたりなんかでは昔の石垣探しもいいかも。
夜は灯が無いので暗く、サスペンスドラマの殺人現場みたい。


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閑臥庵の普茶料理

お昼ご飯、能楽囃子つながりのお兄様に、閑臥庵の普茶(ふちゃ)料理に誘っていただいた。
前々から1度食してみたかったので、とても楽しみにしていた。

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京都市北区鞍馬口にある黄檗宗の寺院・閑臥庵。
江戸時代初め後水尾天皇の聖旨を継いだ霊元天皇が、貴船の奥の院に祀られていた鎮宅霊符神を遷し祀らせたのが起こりとされている。鎮宅霊符神像は、安倍晴明の開眼と伝えられている。

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普茶料理は、庵主さんが作られている。以前は高くて手が出なかったが、今では、価格幅も広く設定されており、写真のお弁当であれば、3150円で食べることができる。要予約。
閑臥庵は、外見よりも奥が広く、美しく手入れされた庭を眺めながら、普茶料理を食べる幸せは格別。
普茶料理とは、中国式の精進料理で、植物油を多く使われるのが特徴。黄檗系寺院で供せられることが多い。私たちが食べたのはお弁当形式で、銘々三段重で出たが、正式には、1卓は4人、皿、鉢などに盛られるという。

また、開山330年の記念事業として、砂曼荼羅を公開されており、本堂を拝観させていただける。本堂を拝観させていただいたのは初めて。天井の龍の絵もステキ。後水尾天皇の宸筆や、伊藤若冲の鼠の絵の版木も展示されていた。昔の龍の鮪も展示されており、閑臥庵が鴨川の治水神的な役割をしていたのか?と想像するのも楽しい。

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源頼光の邸宅跡

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「歴史地理同考会」により建碑事業の1本目。上京区堀川通一条東入ルに、石碑が建てられた。
表に、「此向かい 近衛堀川屋敷跡 小松帯刀寓居参考地」
側面に、「藤原道綱母子 源頼光 一条邸跡」 「此付近応仁の乱洛中最初合戦地」
三面それぞれに違う時代の史跡名が刻まれている。京都ならではのことかと。

さて源頼光の邸宅跡、謡曲史跡案内の「羅生門」「土蜘蛛」を、更新できるぞ!
今日中に記事をまとめられたら更新したいが、タイムオーバーなら週明けに更新いたします。


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二条富小路内裏

花にいとふ風」の謡曲史跡案内をひとつ更新しました。

花園天皇の里内裏、二条富小路殿。二条富小路殿といえば、後醍醐の御所としてのイメージが強かったのだけれど、調べたらほとんど二条富小路殿にいる。
二条富小路内裏址の石碑は、富小路通の西側に建っているのだけれど、正確な二条富小路内裏址は富小路通の東側だそうな。これは、花園天皇自身が勘違いして書いた日記に基づいた建碑。
正確な位置の論証は、川上貢先生の『に本中世住宅の研究』に書かれています。

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宵山

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宵山を、をそぞろ歩く。
さすがに中心部はすっごい人だが、少し南へ下がって太子山あたりまで来ると、人も少なく、町家の軒先の提灯、屏風飾りに風情が感じられる。

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休山の布袋山の宵山飾りを拝見できたのは収穫。
今年のちまきは、布袋山のもの。
布袋山がある辺り(蛸薬師通室町西入ル姥柳町)は、南蛮寺跡。

永楽屋さんで、冷やし団子を食べる。美味しかった♪
ダンナさんは鮎を買う。

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平安宮新しい石碑

昨年末に、平安宮内に新しい石碑が3本建立されたと聞いていたが、今日、やっと見に行ってきた。

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平安宮宣耀殿跡、平安宮昭陽舎跡、平安宮西限藻壁門跡の3本。

2001年、親友笑芭さんと、平安宮内裏オフで笑芭さんの手作紙製石碑を置いて回ったことがなつかしい。
ポータブル石碑を置いて写真を撮った所に、本物の石碑が建っているんですもの。

今月、新しいマックがきたら、平安京探偵団の記事にします。

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五山の送り火

大の字に火が点った。
早くも1年が過ぎたんやなあ。

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家の近所の下長者通からの大文字。
犬くんたちも手を合わせる。

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閑院宮邸跡

朝から実家の母がやってきた。
毎年恒例の年賀状づくりだ。
わたしが母の年賀状をパソコンで作っている間、母には掃除と針仕事をしてもらう。
近しい人に元気な姿を見せるのだと、自分撮りの写真をたくさん持ってきた。
中でも今年のお気に入りは、下鴨神社で物詣出姿に変身したモノ。
もらった人たちはぶっとぶだろうと思う。

午前中に作業を終え、昼から母と京都御所へ散歩に出かける。
最近、庭園を復元し公開されている閑院宮邸跡へと向かう。

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住みたい〜!と思う建物。
邸内には、パネルで京都御所の変遷、京都御苑の自然についての解説が、展示されている。公家町の発掘で出土した京焼などの遺物も並べられていた。

閑院宮邸跡を出て九条池へと案内する。
ふと見ると拾翠亭の2階に灯りがついている。
公開中かと思い向かうと、京都学園大学の茶道部のみなさんが茶会を開いていた。
遠慮なくどうぞというお招きに、あつかましくもあがらせたいただく。
2階が待合になっており、下が茶席。
思いがけず、拾翠亭でお茶をよばれるという、貴重な経験をさせていただく。
京都学園大学茶道部のみなさま、ありがとうございました。

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空也忌

11月の第2日曜日は、中京区にある空也堂で空也忌が営まれる。

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特に今年は、40年ぶりに有志により復活した歓喜踊躍念仏が奉納披露された。
歓喜踊躍念仏(かんぎゆやくねんぶつ)とは、空也僧たちの踊念仏。
9人の空也僧が、手に手に瓢箪や鉦鼓を持ち、念仏から始まり、しだいに踊躍しながら本尊に礼拝する所作に変わる。

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歓喜踊躍念仏の奉納に続き、千本六斎会による焼香念仏と六斎念仏が奉納された。
京都の六斎念仏には、芸能系と念仏系の二種類の系統があるが、千本六斎は芸能系の六斎念仏。今日の奉納は、念仏系に近い演目が選ばれた。

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夏から写真もたくさん撮れたし、近いうちに、平安京探偵団に「京都の六斎念仏」の記事を更新させたい。
って、わたしはいくつもの宿題をかかえている。

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後水尾天皇の歯を見た!の巻

9月16・17日と、上京区の妙蓮寺さんで、恒例の寺宝展があった。
今回は、後水尾天皇の歯を見せていただいた。
三重の青銅の塔の中心に、蓮台ののせられた歯が1本。
あの後水尾天皇の歯か〜と思うと、見入ってしまった。
収蔵庫の長谷川等伯のふすま絵は、ガラスケースの中に納められている。
せんのないことだが、離れた場所から全体を見渡して鑑賞したい。

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妙蓮寺は芙蓉の花が盛りだった。
中でも八重の酔芙蓉は、不思議でおもしろい。
朝、白い花を咲かせ、昼過ぎには、ピンクに染まる。
そして夜になると、濃いえんじになってしぼむ。

ひょう疸の親指は、朝一番に医者へ行き、抗生物質と化膿止めの薬を飲むと、昨日の痛みが嘘のように、治りつつある。

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久世六斎念仏

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久世六斎念仏を見に、南区の蔵王堂光福寺へ行く。
少し早い目に行って、前の席を確保しようと思っていたが、夕方から雨が降り出した。どんどん激しくなって、原付で行くことを断念。ダンナさんに、車で送ってもらう。
着いたらすでに始まっていた。南区周辺は、全く雨が降っていなかった。
久世六斎念仏は、見応えがあると聞いていた。たしかに人数も多く、各世代がそろっており、他にない演目も多い。
しかし、後半から雨が降り出し、獅子が出るころにはどしゃぶり。首にタオルを巻いて雨靴を履き、長傘持参のワタシは、雨宿りのために避難した人たちを後目に、1番前の席で見ることができた。
終わるころにダンナさんから、迎えに近くに着いたとのメールが入る。帰りは電車とバスを乗り継いで帰るの嫌だなあと思っていたので、感謝感激。

これで今年の夏の六斎念仏通いもおしまい。
六斎念仏のことを調べるために、久々に五来重先生の本を読む。「獅子と土蜘蛛」について疑問に思っていたことの答えなども見つかる。
写真の整理がついたら、探偵団の記事にしたい。

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梅津六斎念仏

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梅宮大社で嵯峨天皇祭がありました。
毎年、8月の最後の日曜日に行われているようです。
夜には梅津六斎念仏の奉納があったので、行ってきました。
梅津六斎念仏には、「獅子と土蜘蛛」とは別に、「頼光と土蜘蛛」という演目があります。
いずれも土蜘蛛が糸をはなって戦います。

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獅子と土蜘蛛(千本六斎会)

獅子と土蜘蛛の戦いの始まり!
土蜘蛛の精、先制攻撃! 必殺、蜘蛛の糸!

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土蜘蛛の精のはなつ蜘蛛の糸に、お獅子ピンチ。
にらみ合っています。

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お獅子、反撃に出た!

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吉祥院六斎

京都百話さん、コメントありがとうございます!
リクエストにお応えして、吉祥院六斎です。
こちらのお獅子は、すっごい迫力で、お上手でした。

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今夜は、友人たちとの飲み会があったので、途中からの見学。
4つの演目を見ることができました。
しかし、一眼レフデジカメを持って行ったのに、電池を入れ忘れて動かず。
コンパクトデジカメで撮りました。
レンズがかなり汚れていたようで、画像の汚さをフォトショップで隠しています。

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六斎念仏三昧

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中堂寺六斎会「獅子と蜘蛛」。どこかクイールとそっくりな獅子に愛着。

連日、どこかで六斎念仏が開催されている。
連日、六斎を見に原付きを走らせている。
まだまだ夏が終わるまで続く。
蔵王堂光福寺での久世六斎保存会での六斎を見たら、探偵団の記事にするつもり。

行ったところ
8/15 千本ゑんま堂 千本六斎会
8/16 円覚寺 円覚寺六斎保存会
8/16 西方寺 西方寺六斎念仏保存会
8/22 上善寺 小山郷六斎保存会
8/23 阿弥陀寺 嵯峨野六斎念仏保存会
8/24 右京ふれあい会館 中堂寺六斎会

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これはこの世の

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化野念仏寺の千灯供養に行ってきました。
今年は事前予約が要りません。明日まで。

ここのところ連日、六斎念仏の追っかけをしています。
写真の整理がついたら探偵団の記事にしたいと思います。

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念仏六斎

8月16日は、大文字の送り火。ご先祖さまが帰って行く精霊送りの日です。
今日は、2つの六斎念仏を見てきました。右京区水尾の円覚寺さんと、北区西賀茂の西方寺さん。いずれも念仏六斎でした。
芸能六斎とは全く様相が違います。鉦と太鼓だけで、なむあみだぶつと念仏を唱えながら、激しい動きはなく、動いたとしても上下に身体をゆする感じで、ゆっくりとした単調なリズムでした。

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上は、右京区水尾の円覚寺において、円覚寺六斎保存会のみなさんによる盂蘭盆奉納のための六斎念仏です。
円覚寺は、清和天皇をまつる陵寺です。円覚寺の本尊は薬師如来で秘仏。その厨子の前には、清和天皇の大きなお位牌がまつられていました。
浴衣の上に紋付の黒羽織のいでたち。鉦が1人、太鼓が4人。本堂の対面の縁側に設えられた施餓鬼棚に向かっての奉納です。やはり後継者不足を嘆いておられました。

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上の写真は、北区西賀茂の西方寺六斎念仏保存会のみなさんによる送り火法要のための六斎念仏。
送り火の後に、西方寺の本堂前の境内で行われました。年配の方5人は紋付黒羽織で、首から鉦をかけ並び、若者は9人は白の袢天に白の股引、白足袋に黒い帯という白装束で太鼓を持ち、輪をつくります。

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六斎念仏を見る

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千本六斎会による六斎念仏一般公開へ行ってまりました。

六斎念仏とは、京都とその近郊で行われる念仏踊のひとつ。もとは鉦を叩き、経文に節をつけた鉦念仏でしたが、笛・太鼓が加わり、獅子舞や曲打ち太鼓・能・歌舞伎・浄瑠璃などから加えられ、六斎踊が中心となっていきました。(『日本民俗事典』、田中緑紅『六斉念仏と六斉踊』)
京都の六斎念仏は、踊りを伴う空也堂系(芸能六斎)と念仏だけの干菜寺系(念仏六斎)があります。千本六斎会の六斎念仏は、踊りを伴う空也堂系の芸能六斎です。

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演目「サラシ」。

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演目「攻め太鼓」。

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演目「獅子と蜘蛛の精」。お決まりの客席に蜘蛛の精の糸♪

写真の右上を注目して下さい★
お地蔵様が、幕の上からのぞいていらっしゃいます。

六斎念仏にすっかりはまりました。
その魅力に取りつかれたきっかけは、千本六斎会による「勧善廻り」。こちらに書いていますので、ご覧下さい。

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本日千本六斎会による六斎念仏の一般公開

本日、千本六斎会による六斎念仏の一般公開です。

千本六斎会による六斎念仏の一般公開
日時:平成18年8月15日(火)午後8時から
場所:千本ゑんま堂(引接寺 上京区千本鞍馬口下ル)

「京都の六斎念仏」千本六斎会の紹介サイトはこちら

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8/8更新情報

あんまりうまく文章がつながらないし、
なんで慈円・忠通・長家の墓なの?の疑問を残したままですが、

探偵団更新「今熊野観音寺
読んでやってくださいまし。
平家ブログも更新しています♪

六道まいりが始まりました。明日は仕事の帰りに寄ってみよう。

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還幸祭

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祇園祭の還幸祭の写真を撮りに行きました。
仕事で使うかもしれないからと、一眼レフデジカメをひっさげて行きましたが、いい感じに撮れたのはほんの数枚。情けない。

上の写真は、駒形稚児。
駒形稚児とは、祇園祭の神幸祭・還幸祭で、神輿を先導する役。
その胸元には、馬の形をした御神体「駒形」をつけています。

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第16回平安京・京都研究集会

本日は、第16回平安京・京都研究集会が開催されました。
テーマは「都の東と西〜中世・近世 洛外の交通」。
報告内容は、
福島克彦氏「中近世移行期洛外の交通と街道集落」
河内将芳氏「汁谷口と汁谷越」
上田純一氏「東寺口と西国街道」
玉城玲子氏「京都近郊と西国街道」
藤原良章氏「東国の道についてのコメント」

以前、平家都落ち追体験をしようと、西国街道・久我畷手を一人でぶらぶら探偵したこともあって、興味深く拝聴。その時に疑問だったことがわかったし、新たに調べよう思うこともでてきて、自分の中では大収穫。

同時に、わたしのお仕事は、自社の本売り。
平安京・京都研究集会から生まれた平安京・京都叢書第1巻が、文理閣から出版されました。
高橋昌明編『院政期の内裏・大内裏と院御所』(本体価格6000円)。
この時代について書かれた専門書は少ないので、今後、基本図書の1冊になるのは間違いないと確信しています。売れ行きも好調★


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三浦氏墓参りツァー

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一泊二日で三浦氏墓参りツァー(自称)をしてきました。
神奈川県立博物館で開催中の特展「神々と出逢う」の後期展示で、三浦大介(義明)座像が出展されています。国立歴史博物館の企画展「日本の神々と祭り」に、平清盛が創建した社殿の復元模型が展示されています。
見たいものが2つも重なったので思いきって出かけました。
初日に三浦大介像とじっくりと対面し、その足で、彼の最期の地である衣笠城とその周辺を散策しました。小雨の中の行軍でしたが、収穫はまずまず。
歴博に近いユーカリが丘に宿泊し、2日目は、朝から歴博の企画展を含め常設展、佐倉の城下町をゆっくりと歩きました。

詳しくは連休中に平家ブログにて報告します。
ではこれからお仕事です。

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永福寺跡見学

ししまるさん、えりかさん、コメントありがとうございます。
今日も目いっぱい楽しみました。」

今日は1日、永福寺シンポジウムに参加しました。
午前中に見学会、午後からシンポジウムです。

朝、早めにホテルを発ち鎌倉駅に向かい、駅前のレンタルサイクルを借りました。
シンポジウム会場の近くの杉本寺へと自転車を走らせました。
たくさんの千じゃ札が貼られた仁王門、苔におおわれた石段。
杉本寺は、写真心を誘うお寺です。

9時半、会場に集合し、永福寺跡へ向かいます。
会場には、永福寺の遺物が展示されていました。
永福寺跡は現在整備事業が進み、将来は遊歩道が完備され、池が復元されるとのこと。
今回、永福寺の背後の山に上ったのですが、途中まで階段が作られていました。
階段がある場所までは、急だとは言えスイスイと上れたのですが、その先が小心者の私には恐怖でした。
しかしがんばって登ったご褒美が待っていました。
絶景!
下の写真は、携帯で撮った永福寺跡の写真です。
ちょうど阿弥陀堂が建っていたと思われる背後の山上からです。

お昼の休憩には、自転車を釈迦堂口切通へ向かいました。
迫力です。

ここまで書いて睡魔に襲われてきました。
昨日、今日の山登りの疲れが腰にきています。
後は京都に帰ってから。。

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朝比奈切通と名越切通

たいへんご無沙汰してしまいました。
相変わらずダラダラと暮らしています。

今、鎌倉へ来ています。
今日は朝比奈切通と名越切通を歩きました。
朝比奈切通は、十二所から半分だけ行こうと思っていたのですが、ダンナさんに絶対に朝比奈側から歩くべきとアドバイスされ、鎌倉駅からバスで朝比奈まで出て、朝比奈から歩きました。
彼の言葉に従って正解でした。
行き会う人いなくて怖かったものの、実際に歩いてみてわかったことがたくさんありました。

再び鎌倉駅に戻り、またバスで緑ヶ丘入り口まで行き、そこから名越切通へ向かいました。
詳しい地図が手に入らなかったので、勘を頼りに進みます。
ダンナさんのフィールドノートをコピーしてくれば良かったと後悔。
トンネル横の階段を上ると、大洞と呼ばれるそそり立った切通に出ました。
わ~~~と思いながら曼陀羅堂へ向かいます。
曼陀羅堂は、年に数日間だけ公開されているようです。この9日間が公開日にあたっています。
しかし残念ながら、今日は公開日ではありません。
堂内では清掃作業が行われていました。
ちょっとだけ入り口付近からのぞかせてもらいました。
名越切通へと向かいます。
朝比奈とはまったく感じが違います。
道のど真ん中に大きな石がごろごろと置かれていました。
名越でどうしても見たかったのは、お猿畠の大切岸。
これは迷いに迷って、何度も往復し、やっとのことで行き着けました。

この二つの史跡を回ったことで、鎌倉の地理観がほんの少しついたように思います。

明日は永福寺跡の見学会に参加させていただくつもり。
ずっと楽しみにしていたので、ドキドキです。

写真は、京都に帰ってからアップします。
ちなみにこれはウィンドウズのノートパソコンで書いています。
初めてモバイラーになりました。

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平安時代史事典

ブログ平家物語と重複しますが、こちらにも同文を載せておきます。
※・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
333
角田文衞監修(角川書店 1994年)。平安建都1200年を記念して作られたこの事典は、平安時代を勉強する上で不可欠なものです。上下2分冊に、資料・索引編がつきます。歴史はもとより文学・建築にいたるまで平安時代に関するあらゆることが網羅された総合事典です。
難点(あるいはユニークな点)は、女性名の索引が訓読みであること。これは監修者・角田文衞先生の方針によるものです。

残念ながら現在は品切れで、古書店での相場は、12万円以上します。状態の良いものですと20万円と値をつけています。
復刊ドットコムで、復刊リクエストの要望が出ています。
100票を越えて復刊交渉がはじまりましたが、角川書店によると今のところ復刊予定はないそうです。
しかし復刊リクエストが300票を越えたら復刊するつもりはあると関係者から聞きました。
復刊リクエストにご協力くださいませ。投票はこちら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・※

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地蔵盆

今日はボクたちの町内、地蔵盆。
子供たちのお祭りだよ。
ママは朝からお手伝いで早起き。
町内のお父さんたちが慣れた手つきでお地蔵さんの壇を組み立てて行く。
お地蔵さんって、すごく重たいの知ってた?

さあ、数珠回しが始まった!   マック

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六條院へ出かけよう

京都文化博物館で開催中の風俗博物館の出張展示「六條院へ出かけよう」を見てきました。
平安時代好きな方にはおすすめです。
同時開催の「京の家づと」では風俗博物館所蔵の品々が展示されており、衣裳体験コーナーもあります。観覧者の老若男女が、十二単や狩衣、白拍子姿を楽しんでおられました(衣裳体験は予約制で有料)。
わたしは復元された牛車に乗れたのが良かったです。ダンナさんに写真を撮ってと頼んだのに、ボクも乗ると、ふたりで牛車を体験しました。

デジカメを持って出るのを忘れ、携帯写真なのでちょっとピンぼけ。

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出張展示の詳細は、風俗博物館のサイトで
http://www.iz2.or.jp/

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祇園祭

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今日は祇園祭の山鉾巡行の日。
朝起きてテレビをつけたらすでに山鉾が動き始めていた。
「ちょっとだけ見に行こか〜」ダンナさんが言うので、昼前に新町通へと向かう。
四条河原町での辻まわしも勇壮だが、新町通姉小路あたりでの見学がおすすめ。
目の前を大きな鉾が通り過ぎる迫力は絶品。間違いない。
いくつかの鉾を山を堪能して、贔屓(?)の浄妙山を追っかける。
浄妙山は平家物語の橋合戦の浄妙と一来がご神体。
アクロバットな浄妙と一来が大好きだ。

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平家都落ちを追体験するの巻

思い立って平家都落ちを追体験しようと、昼から原付きで大山崎へと向かった。
羅城門跡を起点に、西国街道を離宮八幡宮へと原付きを走らせた。
伊丹市立博物館が出している『むかしの道 ガイドブック』西国街道のその1、その2の地図を頼りに進む。
吉祥院の商店街を抜け久世橋へと出る。街道沿いには、愛宕の灯籠が目印のように残っている。
久世橋を渡ったところまでは迷わずに順調に進んだが、その後は迷いに迷う。
結局、気がついたら水無瀬まで出ていた。
しかし怪我の功名と言おうか、子供の頃からず〜っと気になっていた待宵小侍従の墓にたどりついた。感激★
水無瀬神宮から西国街道に沿って京都方向へ取って返す。
やっとの思いで目的地の関大明神へ到着。
関大明神は、関戸院の跡。
平家都落ちの時、平時忠はこの場所で、男山八幡宮に向かって都に帰参をすることを祈っている。
離宮八幡宮、大山崎歴史資料館に寄る。
来る時に迷って通れなかった長岡京市、向日市の西国街道を通り、京都へ着くころにはヘロヘロの限界。

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ゑんま堂狂言

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うれし、楽しい、ゴールデンウィーク。
でもこれといって予定が無く、マックとクイールを遠出の散歩に連れて行くくらい。
悲しすぎると思っていたところ、若い友人のT嬢から千本ゑんま堂大念仏狂言に誘われた。
喜んでついて行く。

大念仏狂言を見るのは、本当に久しぶりだ。
学生時代は興味があったので、あちこちとハシゴしたが、ここ数年間はとんとご無沙汰。
カンカンデンと、なつかしい響き。
柏餅と抹茶もいただき、大満足な休日を過ごす。
彼女と一緒だと、常においしいものにありつけるような気がする。
帰りに買って帰ったパンもおいしかった♪

千本ゑんま堂大念仏狂言は、壬生寺、嵯峨釈迦堂とあわせて京都の三大念仏狂言といわれている。
大念仏狂言は、無言であることが特徴とされているが、ゑんま堂大念仏狂言は、他と違って有声である。

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3日目(4月12日)

朝はゆっくりめにホテルを出る。雨はまだ降っている。
タクシーで妙本寺→東勝寺跡
鎌倉を後にして電車で移動し金沢文庫・称名寺
上野に戻りへ厳島神社展で平家納経を見、東京国立博物館で中宮寺の弥勒菩薩を見て帰途につく。

妙本寺では比企一族の墓に参る。
CSテレビでNHK大河ドラマ太平記の再放送を楽しみに見ているので、東勝寺跡もはずせない。
タクシーの運転手さんに、比企一族の墓と東勝寺跡のやぐらに行って欲しいと告げると、持っているカメラを見て、えっ?(心霊が)写るよ〜と言われた。

上野に戻る前に、金沢文庫と称名寺へ寄る。
金沢文庫へ寄らずして、鎌倉を語れないと、ダンナさんからのアドバイス。
金沢父子のお墓参りで、鎌倉墓参りツァーの打ち止めだ。
遅い昼ご飯に、称名寺門前の店でしゃこ丼を食べた。この辺りはしゃこが名物だと聞く。

上野に戻って平家納経を見、念願の東京国立博物館へ行く。
東博へ行くのは初めて。
時間があまり無かったので猛スピードで回った。
第1印象は、広い! じっくりと見学するには、時間がかかるだろうなあ。
中宮寺展で、弥勒菩薩に久々に会う。
物心ついて最初に美しいと感じた仏さま。
何度もお目にかかってはいるが、ぐるっと背面から見るのは初めて。
こうなってたのか!とびっくりした。

鎌倉は雨に祟られて、行けなかった所がたくさんある。
北条時政の邸宅跡や、切通しなどなど。
また行こうという楽しみが残って良かったかも。今度はじっくりとお寺めぐりもいいな。
そう、そう、腰越の満福寺を拝観したら、希望者に千葉で開催中の義経展の招待券がもらえる。

下は旅のお供本。
右はブルーガイドムック『義経の時代を歩く』
左はるるぶの『鎌倉を歩こう』
中央は松尾剛次『中世都市鎌倉の風景』
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今回の旅は、ブルーガイドムック『義経の時代を歩く』のコースをベースとして歩いた。地図もしっかりしていて、わかりやすかった。

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2日目(4月11日)その2

午後からは江の電に乗って移動。
義経が足止めされた腰越に向かう。
満福寺を拝観。腰越状を見る。カバヤとフルタの食玩のフィギュアが売っていた。シークレットの木曽義仲を買う(笑)
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再び江の電に乗って長谷へ。安達盛長の邸宅跡、甘縄神明宮へと向かう。
あとは大仏さんにお参りして、散策終了。
長谷駅に近いカフェでコーヒーを飲む。
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結局、1日中雨が降っていた。ガイドブックも濡れて倍以上にふくらんでいる。
晩ご飯には、北条弁当を食べたいと思っていたのだが、疲れ果てたのでホテルのレストランで食べることにした。
2日目の宿は、鎌倉プリンスホテルのレディースプランを利用。
全室オーシャンビューで、天気が良ければ江ノ島の向こうに、富士山も見えるという。
三浦半島をのぞむレストランで、フランス料理のフルコースに地ビールをよばれる。
ヘロヘロの身体がよみがえってくる。

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2日目(4月11日)その1

朝5時過ぎ、電車の音で目が覚める。
8時にキャンセルをすることを告げて宿をたつ。キャンセル料は全額だけれど、しかたがない。

あいにくの雨。
レンタサイクルで回るつもりでいたが大幅に予定変更。

鎌倉駅からタクシーで佐助稲荷まで送ってもらう→銭洗い弁天→源氏山・源頼朝像→化粧坂切通→北条政子・源実朝の墓(寿福寺墓地)→浄光明寺

いったん鎌倉駅に戻り再びタクシーで釈迦堂切通、車を待たせて和賀江島まで送ってもらう→住吉城跡→補陀洛寺→来迎寺→政子の墓(安養院)

再び鎌倉駅から江の電で腰越の浜→満福寺→江の電で甘縄神明社→鎌倉大仏

かなりきつい雨模様の中、歩き回ってヘロヘロ。
源氏山で迷子になり、どこをどう歩いたかわからないままに、寿福寺墓地へとたどりついた。足元はぐちゃぐちゃだし、すべって転んで身元不明になるのが恐かった。
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政子と実朝の墓は、立ち入り禁止になっていて、見ることができなかったのが残念。
浄光明寺の阿弥陀堂は、永福寺の遺構といわれるが、土日祝日しか拝観できず、柵越しにのぞく。
あきらめていた釈迦堂切通だが、タクシーでそばまで行けると聞き、和賀江島へ行く前に寄ってもらうことにした。
最近出た『週間 司馬遼太郎街道をゆく』「三浦半島記」の表紙写真が、釈迦堂切通だった。この表紙を見て、絶対に行きたいと思っていた。
1番雨がきつい時間帯だったが、すごい迫力に圧倒される。うまく写真が撮れていないのが心残りだ。
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和賀江島は、だいたい干潮の時間を予測して10時過ぎから11時に着ければいいと思っていた。予想通り、姿を現してくれていた。和賀江島は、日本最古の築港跡。
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補陀洛寺は、文覚の開山。頼朝の像と位牌、平家の赤旗を見せていただいた。
来迎寺は、三浦義明の菩提を弔った寺。境内には義明の墓、本堂裏には三浦一族の墓塔群が集められている。

「百苑」で昼食。竹の子うどんがおいしかった。

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1日目(4月10日)

朝7時36分の新幹線で東京へ向かい、11時までには上野に到着。
上野に着いてびっくり。想像以上にすごい人!
天気も上々。上野公園はお花見客でごったがえしていた。
人込みを抜けて、厳島神社展の会場、東京藝術大学附属美術館へ向かう。
さっそく平家納経を堪能。

会場を出ると、すぐに鎌倉へ向かう。
鎌倉まつり開催中で、こちらも上野に負けず劣らずの人。
とにかく鶴岡八幡宮へと向かう。段葛は満開の桜。
写真を撮るのは人が多すぎて断念。
鶴岡八幡宮では、舞殿で静の舞が奉納されるという。
静舞が始まる時間まで鎌倉国宝館を見学。
静舞は、あまりの人の多さで近くまで寄れず、遠くから見る。

この日のコース
鶴岡八幡宮・鎌倉国宝館→大蔵幕府跡・西御門跡・東御門跡石碑→白旗神社・法華堂跡→源頼朝の墓→大江広元・毛利季光・島津忠久の墓→荏柄天神→鎌倉宮→永福寺跡→バスで八幡前まで戻り、若宮大路御所跡

鶴岡八幡宮から源頼朝の墓くらいまでは大勢の人でにぎわっていたが、永福寺跡まで来る人はいなかった。
吾妻鏡講読でおなじみの永福寺跡。この風景を見ることを楽しみにしていた。
今は何も無い野原だが、ここに二階建ての大御堂が建っていたのかと想像する。

源頼朝の墓
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永福寺跡
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ビジネスホテルと思って予約した宿は民宿だった。
駅の真横で、電車が通るたびに部屋ごと揺れる。
トイレ・洗面所・お風呂は共同。お風呂へ入る順番も決められていた。
歯ブラシ、タオルはついていない。
食事に外へ出ると告げると、門限が9時なのでコンビニで弁当でも買って部屋で食べたらと言われる。鎌倉まで来て、なんでコンビニ弁当?と悲しくなるが、あいまいに返事をして外へ出る。100円ショップに駆け込みタオルと歯ブラシを買う。
ガイドブックに載っていた和食の店に入るが、食器が不潔で悲しさが倍増。
今日はがまんして明日は別のホテルに泊まろうと固く決意。
宿への帰り道、高いからとあきらめたリゾートホテルへ電話をしていた。

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鎌倉墓参りツァー プロローグ

鎌倉二泊三日の一人旅をする。
メインは、初日と3日目に厳島神社展へ行き平家納経を見ること。
展示替えの関係で、日曜日と火曜日に行けば合計10点の平家納経を見ることできる。初日と二日目に鎌倉へ宿をとり、中日はまるまる鎌倉を楽しんだ。
1番印象に残ったのは、釈迦堂切通しの迫力。
はげしい雨が降っていたので、写真はどれも水滴が写り、まるで心霊写真。残念。
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2番目に印象に残ったのは、和賀江島。干潮のころを見計らって行ったのだが、やはり雨のためそばまで近づくことができなかった。
中国陶器っぽい欠片を拾う。家に帰ってダンナさんに鑑定してもらったら、中国では無い。日本のもので近世のじゃないかとのこと。がっくり。
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番外で2日目に泊まったリゾートホテルの快適さときたら、もう最高!
鎌倉は、義経と頼朝をテーマに回ったのだが、墓参りツァーかも。

明日、墓参りツァーのコースを書こうと思う。
写真の白い斑点はみんな水滴です。

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嵯峨野で小督を聴く

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今日は平家物語の小督の舞台である嵯峨野で平家琵琶「小督」を聴いた。
染め工房の常連客への招待会に、平家琵琶の伝承者鈴木まどかさんが招かれて演奏された。
場所は、大堰川のすぐ横の染め工房で、もとは旅館千鳥。
川端康成が「山の音」を執筆したという所だそうだ。
上の写真は、川端康成が使っていたという座敷からの眺め。
窓からの眺めは、向かいの山の山桜がちょうど咲き始めて絶品。
大堰川を渡る船の櫓があたる音、庭のツバキの大木にやってくる鳥のさえずり。
すべてが時を忘れさせる材料だ。

まどかさんの平家琵琶は、「小督」というなじみ深い句であり、また場所的なこともあって、どんどんとひきこまれていった。

まどかさんの平家琵琶のサイト「平家詞曲研究室」
http://www4.plala.or.jp/heikebiwa/index.html

まさに至福の時。


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仁和寺名宝展

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午後から仁和寺の春季名宝展へ行く。
今回は源平合戦にまつわる絵画や書を中心に展開されている。
「守覚法親王消息」(国宝)が展示されているということだったので、ぜひ見たいと思ったのだ。
「守覚法親王消息」は、中宮徳子の出産に際して祈願を行ったことに感謝する高倉天皇の礼状に対する返事である。
先月、京博の企画展「宸翰 文字に込めた想い」に、高倉天皇の礼状である「高倉天皇宸翰消息(国宝・仁和寺蔵)」が展示されており印象に残っていたので、なおさら感慨深い。

他にも、「保元・平治合戦図屏風」(江戸時代)や、福原遷都の記述がある「北院御室日次記」(重文)など興味深いものが出ていた。

御室の桜は、まだまだ先。ちらほらと咲いている桜と塔を写真に撮る。
桜が咲いた頃に朝1番に写真を撮りに行こう。

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近江の源平史跡をめぐる

昨日は、友人のKさんと近江の源平史跡めぐりドライブを楽しむ。
お天気も良く、とっても充実した1日だった。

粟津の晴嵐を感じ、今井兼平の墓へ参る。
地元の人にしか知られていないという草津の平清宗の銅塚にも参る。
これは平安京探偵団に緊急アップしたいレアな史跡。
少し調べたら必ず書きます!
他にも野洲の平宗盛・清宗父子の銅塚、竜王町の義経が元服をしたという鏡の宿の史跡、守山の祇王寺、祇王の屋敷跡などを回った。
竜王町の道の駅は火曜日が定休日。義経展を見る事ができなかったのは少し残念。
ひとつひとつの史跡の詳細は、いずれ「平家物語」にエントリーさせるつもり。

野洲市の平宗盛・清宗父子の銅塚
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竜王町の義経元服の池
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守山市ではKさんおすすめの山本珈琲倶楽部さんに連れて行ってもらった。
絶対においしいからという彼女の言葉どおり、絶品なコーヒー。
ホットサンドも、京都から食べに通いたくなるほどのおいしさだった。

大津市の仰木にある成安造形大学のカフェ「結」で、遅めのランチ。
こちらはリーズナブルでボリュームたっぷり、しかもおいしい♪
おしゃれさんな気分にひたる。

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鵺池リニューアル完成

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ず〜っと工事中だった二条公園が、やっと完成。
鵺池が新しくなりました!

説明板もできた。
旧鵺池碑を中心に、ぐるっと小川が流れ、感じも良い。
昔の風情も良かったけれど、旧鵺池碑に光があてられたようで、とってもうれしい。

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道長の墓に参る

先日、野口ゼミの見学会で宇治を歩いた。
藤原道長の建てた浄妙寺跡、宇治陵、基房の宇治の別業である松殿跡、許波多神社、宇治市歴史資料館などなど。
いずれも何度も訪ねたことはあるが、目的地まで車で行くのとは大違い。歩いて回ると、どれくらいの距離感があるのかがわかり、勉強になった。

下の写真は、宇治陵の31号、32号陵。
この陵のいずれかを藤原道長の墓とする説がある。ワクワク。
孝子先生は、別の場所を比定されている。掘ってみたいな。ワンワン。
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松殿跡は、現在松殿山荘となり個人の所有地であるので、中には入れない。
小高い岡の上で、その入口から宇治川の方面を見ると、なんと眺めの良い事か。
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初めて大徳寺の三門に登った

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初めて大徳寺の三門に登った。
JR東海の「そうだ京都行こう。」エクスプレス・カード会員限定のイベントに、ダンナさんが講師として招かれた。わたしも参加させてもらえた。
JR東海のイベントは、普段非公開の所へ特別に案内してもらえるのでありがたい。
大徳寺の方丈横の僧堂で講義を受け、方丈庭園、唐門を見、三門に登る。
唐門は、おととし修復が済んだばかりで、美しい彩色に圧倒される。
別名日暮門。秀吉の聚落第から移されたものだと伝えられている。
いよいよ三門。
千利休の切腹の原因にもなったいわれのある門だ。
三門は二層になっており、一層目は連歌師宗長の寄進に建てられた。洛中洛外図にも描かれている。
二層目は利休の寄進に建てられた。この二層目に、雪駄履きの千利休の像が安置されたことが秀吉の不興を買い、切腹させられることとなった。
現在安置されている像は、そのときのものではないが、等身大の雪駄履き千利休像と利休の位牌、宗長の位牌が祀られていた。
二層内部の天井には長谷川等伯の描く雲竜と天女。力強く、禅宗の寺にふさわしい感じを受けた。

塔頭のひとつ大光院にもお参りする。
大光院は、秀吉の弟豊臣秀長の菩提寺。開祖は古渓和尚で、もとは大和郡山にあったが、豊臣家滅亡後、藤堂高虎によって移された。
本堂のふすまは、狩野探幽の屏風をふすまにしたものという。内陣には、秀長像と位牌が祀られていた。
墓地には秀長の墓がある。
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JR東海「そうだ、京都へ行こう。」のWEBサイト
http://kyoto.jr-central.co.jp/kyoto.nsf/top

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春の夜の夢のごとし

バタバタしていてパソコンの前に座る時間が無い。
だんだんと日記でなくなりつつある。とほほ。

一昨日の日曜日は、兵庫県立考古博物館の先行展と記念シンポジウムへ行く。
先行展は、播磨町の郷土資料館で開催されている。
最寄りの駅はJRの土山駅。駅を降りて驚いたのは、駅舎が古代の住居の形をしており、駅前広場には物見櫓の様な、やはり古代の建物を模した時計台が立っていること。
播磨町には、国指定の大中遺跡という弥生時代の史跡があり、史跡公園として整備され、公園内には播磨町郷土資料館がある。
平成19年開館予定の兵庫県立考古博物館は、播磨町郷土資料館の場所にできる予定だ。
今回の先行展のテーマは、「春の夜の夢野ごとし 平清盛と福原京の考古学」と題して、清盛の時代の播磨と、福原の遺跡から出た遺物が展示されていた。
シンポジウムは播磨町の公民館で行われた。超満員の聴衆を前に、前半は、考古学、文献史学の先生方が30分づつしゃべり、後半はシンポジウム。
新しい事がどんどんとわかってきているようで興味深かった。
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下の写真は、明石玉子焼き♪
おいしかった。
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天才若冲

今日は第2土曜日。京都国立博物館の無料開館日♪
午後から見に行った。
お目当ては、特集陳列「伊藤若冲」(〜3/27)と「宸翰—文字に込めた想い—」(〜4/3)。
若冲は天才だと思う。
わたしは「百犬図」が大好きで、ポストカードを部屋に飾っているが、実物を見たのは今日が初めて。
「百犬図」を見たいというので行ったのだが、どれもがすばらしくて、う〜んとうなるばかり。
宸翰も、高倉天皇宸翰消息(国宝・仁和寺蔵)、文覚四十五箇条起請文(国宝・神護寺蔵)、後宇多天皇宸翰御手印遺告(国宝・大覚寺蔵)、後鳥羽天皇宸翰御手印置文(国宝・水無瀬神宮蔵)、後醍醐天皇宸翰消息(重要文化財・仁和寺蔵)などなど。
すごい、すごいと、ため息をつきながら鑑賞する。

京都国立博物館のサイト
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

野口先生が大阪の毎日文化センターで連続講座をされる。
「歴史に見える義経〜判官びいきの背景」
上横手雅敬先生と野口実先生が交互に講師をつとめる半年間の講座だ。
これはぜひとも行かねばならない。
講座のチラシをいただいたので、宣伝せねばとバナーを作る。
しかし、何度試しても画像がアップロードできず、表示されない。
半日かかってもお手上げ。しょうがないので、テキストで打ち込む。
ダンナさんに、アップできひんとぼやくと、サーバーの容量がないんじゃないのと言う。
えっ?と思って、確かめるとまさにその通りだった。
あわてて容量追加を申し込み、無事にアップロードできた。

毎日文化センターの講座案内のページ
http://www.maibun.co.jp/courses/history/contents/0217.html


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京都市の史跡と石標

今日から京都市歴史資料館で、テーマ展「京都市の史跡と石標〜フィールド・ミュージアムの調査から」が始まったので、さっそく見に出かけた。

今回の展示は、京都市内に分布する石標を写真パネルでごらんいただくものですが、石標をいつごろ誰が建てたかということに注目し、建立者ごとまとめてパネルを並べました。つまり石標自体の歴史を明らかにしようという試みです。(リーフレットより引用)

展示室に入った瞬間、写真パネルばかりであるのに面食らう。
しかし、リーフレットに書かれているとおり、京都市の石碑の歴史がよく理解できた。
※会期は 〜5/29 月曜祝日休館

京都市歴史資料館では、「京都のいしぶみデーターベース」を公開している。
石碑を見に行く時など、いつも参考にさせてもらっている。

京都のいしぶみデーターベース
http://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/ishibumi/top01.html

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曽我物語

今日はひな祭りなので、人形を飾る。
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で、なんで曽我物語なのかって?
自分でもよくわからないけれど、お気に入りなのだ。

山川出版社から、古典を旅する新しいガイドブックの第1弾が刊行された。
佐伯真一『物語の舞台を歩く 平家物語』
坂井孝一『物語の舞台を歩く 曽我物語』
どちらもおすすめ。
読んでいると、現地へ出かけたくてうずうずしてくる。

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山崎闇齋って誰なの?ツァー

020222ダンナさんからデジカメ一眼レフを借りて、近所まで写真を撮りに行く。
名付けて山崎闇齋って誰なの?ツァー。
中京区の下御霊神社の境内に、垂加霊社として山崎闇齋が祀られている。延宝2年(1674)2月22日に祭られたことにより毎年この日を祭日とし、下御霊神社に所蔵されている関係資料を一般公開されている。
山崎闇齋とは、垂加神道を創始した儒学者であり、神道家だ。
といっても、わたしには垂加神道って何?の世界。それがどうして資料展に行ったかというと、わが家の近所に、かつて山崎闇齋が住んでいたことから、妙に親近感を感じているからだ。すぐ近所に山崎闇齋邸跡の石碑も建っている。

020222-2下御霊神社には、垂加社、山崎闇齋先生祠堂碑がある。関係資料の一般公開では、山崎闇齋の画像をはじめ、たくさんの史料が並べられていた。興味深かったのは、儒教で神道を解釋した「文會筆録」。もちろんわたしには内容がわかるわけない。これは自筆の講義メモ。消したり、加えたり、推敲のあとがたくさん見ることができるのが、おもしろく感じた。他に、入門するときに門人が差し出す誓文もおもしろかった。牛王宝印の紙背に書かれている。
残念ながら、この日限りの一般公開。
家に引っ越してきた時、せっかく近所に山崎闇齋の邸宅跡があったんだからと、岩波文庫の『垂加神道』を買った。まだ1ページも読んでいない。来年までに『垂加神道』を読んで、また資料展へ行きたいな。

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京都と義経

昨日、京都アスニーへ、上横手雅敬先生の講座を聴きに行った。
テーマは「京都と源義経」。受講者は、ほとんど60歳以上。
題名に京都がついているが、京都を中心とした話であるということではなく、雌伏期、全盛期、逃亡期に分けて、義経の生涯を概説された。
伝説に満ちた牛若丸時代。ことに、京都の紫竹は、義経伝説の集積地。
ただし、義経の青年期については、伝説すら無いというのには驚いた。

創作とはいえ、義経が紫竹で生まれたという伝説のもと義経誕生井。
上横手先生も、この義経誕生井の石碑の前にある小さな石に、応永の年号が入っていることを指摘され、この伝説が室町時代からあったものであることをおっしゃっていた。
保立道久氏のNHKブックス『義経の誕生』にも、この応永の年号が入った石碑のことが紹介されている。
以前に誕生井を見に行った時は、気づかなかったので、昼から確かめに出かける。
確かに誕生井と胞衣塚の前の小さな石のそれぞれに「應永二年調之」(応永2年は1395年)と刻まれている。
室町時代に、こんな年号の書き方をするのかなあ?
ダンナさんに写真を見てもらいながら2人で首をかしげる。

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誕生井と胞衣塚のすぐそば、紫野上野町のバス停の南に、「はっぴぃカフェ」という喫茶店がある。
小さな喫茶店だが、「義経展開催中」という張り紙にひかれて入った。
和室の一間に、近辺の義経史跡の写真が展示されていた。
個人宅にあるので見ることができない弁慶の腰かけ石の写真も展示されていた。写真とはいえ、初めて見ることができて感激。
他にもガイドブック等では紹介されていいない義朝を祭っている神社の紹介もあった。地元の人しか知らないだろうなあ。
さっそく帰りに寄ってきたのが下の写真。総神社。
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鵺池リニューアルもうすぐ

マックとクイールの散歩に二条公園へ行く。
一昨年からずっと工事中なので、周囲をぐるっとまわるだけ。
4月にやっと完成するという。
二条公園には、鵺池の伝承があり鵺池の旧碑が建っていた(新しい碑は、公園に隣接した鵺大明神の祠の横に建っている)。
鵺池の旧碑は、表面はすでに摩滅して、人に教えてでももらわないと石碑だと気がつかないものだ。公園が整備されて新しくなると聞いて、どうなるのだろうと心配していた。
今日、見ると、ちゃんと池のまん中にどんと建ち、池の前にはおそらく説明板が入るのであろう石組も用意されていた。
これからも大切に伝えられて行くことだろう。
二条公園には、あちこちの発掘現場で検出された庭石などが置かれるらしい。

リニューアルオープン間近な二条公園の鵺池。
携帯写真なので、よくわからないかも知れませんが、まん中に建っているのが鵺池旧碑。
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鵺池については平安京探偵団の記事をどうぞ
鵺の鳴く世は

050218-2今日は、ダンナさんが一眼レフデジカメを買うのについて行く。
わたしも一眼レフデジカメが欲しい!!!と、欲しい、欲しい病を発病。
でも今月は新しい掃除機を買ったしなあ。。。。
左がわが家のニューフェースのエレクトロラックスのステックタイプのコードレス掃除機。
コードレスだけど、サイクロン式なので、今まで使っていたコードレス掃除機よりはずっとずっと強力。おまけにスタイリッシュでおしゃれ。満足、満足♪

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大学の図書館ていいな

今日は、佛教大学の図書館へ雑誌をコピーさせてもらいに行った。
佛教大学の図書館は、学外者でも簡単な申請で閲覧させてもらえる。
他の主な京都の大学では、学外者でも閲覧させてもらえるが、公共図書館からの依頼状を必要とする所が多い。
目的の雑誌をコピーした後、興味のある棚を見て回る。
さすがに大学の図書館は専門書ばかり並んでいて、勉強するためにあるのだなあとつくづく思う。
昼メロまでに帰るつもりが、時間を忘れて物色。

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十二天画像と山水屏風

京都国立博物館の新春特集陳列「十二天画像と山水屏風」は、明日(〜2/13)まで。
美術ファンの間では、昨年末から話題になっていた「国宝 十二天画像」。
わざわざこれを見るために東京からやって来る美術ファンもいるという逸品。
早く見に行かなくちゃと思いつつ機会を逃し、ぎりぎりすべりこみ。
「十二天像」とは、平安時代、「後七日御修法」で使われたもの。
展示室に十二天がすべて並んでいるのを見るだけでも圧巻だった。
水天、美しすぎます(★o★)
火天の火炎の模様が、印象的。
そして各天の持ち物にとても興味をひかれた。
さすがに新春特集だけあって、神護寺の赤釈迦、曼殊院の黄不動、国宝 釈迦金棺出現図などなど、いいものを見た〜という満足感いっぱい。

「仏像と写真」は〜3/27まで。
立体造型である仏像を、どのように写真に撮るかという観点から、仏像とモノクローム写真をあわせて展示されている。
う〜ん。やっぱり写真と実物を比べると、全く別物だなあというのが感想。
写真だけを見ると、インパクトがあるんだけれども実物と並べると迫力が違う。
顔が2つに割れて中から仏の顔が見えているという宝誌和尚立像(西住寺像)を、見ることができてうれしかった♪

他にも平安京探偵団ではお馴染みの「応永鈞命絵図」(天龍寺)や、「園城寺境内古図」が書跡室に展示(〜2/27)されていて感激。
ラッキーなことに、今日は第2土曜日なので、平常展は無料(毎月第2・4土曜日は平常展無料日)。
国立博物館、平常展といえども、あなどれません。
次回の特集陳列は、「伊藤若冲」(2/16〜3/27)♪
大好きな「百犬図」が出る。それだけでワクワク。

詳しくは京都国立博物館のサイトで
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

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京都御所の厳島神社

朝起きたらパパが突然、「そうか!頼盛か!」って、叫んだんだ。
なんかひらめいたらしい。
そしたらママが、「これは厳島に託宣を受けに行こう!」だって。
ママの一声に、ボクとクイールはご機嫌♪

京都御所には厳島神社っていうのがあるらしい。
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パパは厳島神社で、長いこと手を合わせていた。
「兄ちゃん、この鳥居、変わった形だね」
「そうだよ、クイール。この鳥居は、京都の三珍鳥居のひとつなんだよ」
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ボクはお池のアヒル君たちと遊びたくてしょうがない。
「兄ちゃん、あんまり近づいたら危ないよお」
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by マック

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平家納経スタンプラリー

050210-4そして今日はとうとう平家納経スタンプラリー、奈良会場分をすべて集める!
関連グッズ売り場のお姉さんともすっかり顔見知りとなり、おめでとう!と声をかけてもらう。
ずっと楽しみにしていた、スタンプラリーの景品が写真で発表されていた。
奈良会場だけでなく、東京会場のスタンプも集めなければもらえない。
平家納経の図柄を描いたという漆器。
う〜ん。あまり欲しくないかも。

今日は奈良駅からバスに乗って、般若寺まで足を伸した。
わたしの中では、『平家物語』の大仏炎上がテーマ。
般若寺は、ひっそりとしていた。コスモス寺としても有名だが、今の時期は水仙が満開。
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般若寺から、遠く大仏殿をのぞみながら奈良坂を歩き、転害門、東大寺へ向かう。
久々に大仏さまと会った。
とても新鮮。でかい!と思った。
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東大寺から厳島展、最後に興福寺の写真を撮って今日の旅おしまい。
あまりに歩き疲れたので、帰りの電車で瀑睡。
隣の人に声をかけてもらわなければ、ずっと寝ていたと思う。

そして今日は14回目の結婚記念日でもある。
いつものフレンチでお祝い。
シャンパンで結婚記念日おめでとう〜!

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五条天神

貧血がおさまって元気になると、今度は遊び歩いてじっとしていない。
自分でもかなりおバカだと思う。

昨日は、デパートに買い物へ行くついでに、あちこち義経歩きをした。
『義経記』によると、義経と静が初めて出会った場所は神泉苑。
これは全く知らなかった。
神泉苑の高画素の写真を持っていないので、写真を撮りに行く。
その後は、五条天神、松原橋、十禅寺の森跡と回る。
下は五条天神。
義経と弁慶のかわいい絵柄の入ったタオル、日本手ぬぐい、フキンが売られていた。日本手ぬぐいを買う。
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書評会

2月3日。節分。ダンナさんの誕生日。
京都女子大学宗教文化研究所で、『台記』研究会・野口ゼミ合同書評会が行われた。
書評と討論の対象は、NHKブックスの元木泰雄『保元・平治の乱を読みなおす』、保立道久『義経の誕生』。
参加者は21名(かな?)。

元木泰雄『保元・平治の乱を読みなおす』については、野口先生が書評をして討論に入る。
元木先生ご自身が参加されており、著者を前にしての書評・討論となる。
野口先生は、「保元・平治の乱を、史料から透徹した史眼で読みなおした画期的な成果」として「特に信頼の再評価はインパクトあり」と評価された。
『保元・平治の乱を読みなおす』の中にも明言されているように、元木先生がこの本を書かれたのは、河内祥輔氏の『保元の乱・平治の乱』(吉川弘文館 2002)への批判をこめたもの。
元木先生のパワー炸裂だった。

保立道久『義経の誕生〜王権論の視座から』については、京大の佐伯智広さんが書評をして討論。
こちらについてはかなり厳しい評価がとびかう。
(ワタシは、おもしろい!と思ったんだけどなあ。。)

書評会に参加しての感想。
ゼミの学生さんたちが、大学院での書評会の準備をしている姿を見ていた。
そんな経験が全くないワタシは、書評会って一体どんなことをするのだろうと、興味津々。
報告する人は、本の内容と論旨をまとめて、かつ評価をしなければならない。
なんてたいへんな作業なんだろう!
でもそうやって本を読みこんでいくことも必要なんだと思った。

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鞍馬山

昼から、鞍馬へと向かう。
NHK大河ドラマ義経も4回目。
先回から登場した三輪鬼一法眼にメロメロ。
で、鬼一法眼の史跡を訪ねたい!と思い立ったのである。
貴船口の駅のそばに「鬼一法眼之古跡」という碑と、鞍馬寺の山門を入ってすぐにある鬼一法眼社の写真を撮ることが目的。
もちろん一条戻り橋に寄ってから出発した。
鞍馬はいまでこそ叡電の出町柳から30分で行く事ができるが、義経のころは深山幽谷だったろうなあと車窓を見ながら考えた。都まで遊びに行くとなると、1日仕事かもしれない。
鬼一法眼の古跡は、叡電貴船口駅を降りてすぐそばにある。駅のホームからも見えている。

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鞍馬寺は久しぶり。
お目当ての鬼一法眼社は、山門をくぐってすぐにある。魔王尊の瀧と並んでいる。

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詳しくは探偵団に書こう(って、いくつ書きかけの記事があるんだろ?)。
目的は達成できたが、東光坊の跡だけでも見て帰ろうかな〜と、歩いて由岐神社の横にある義経供養塔(東光坊の跡)まで歩く。
ここまで来たらせめて金堂へお参りしなくちゃと、九十九折を歩いて金堂へお参りする。
ここまで来たなら木の根道を見ていこうかと、奥の院へ進み、結局僧正ガ谷までたどり着く。
今年、友人と鞍馬から貴船を歩く予定があるので、奥の院の魔王殿はやめて鞍馬へと引き返す。
鞍馬寺山門脇の擁州路の名物のお蕎麦がおいしかった♪

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楠・荒田町遺跡説明板設置記念式典と講演会

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昨日にも書いたとおり、今日は楠・荒田町遺跡説明板設置記念式典と講演会に参加した。
上の写真は除幕式の模様。

楠・荒田町遺跡の二重濠が検出された場所は、神戸大学の高橋昌明先生はじめ関係者の保存運動が功を奏し、地下保存という形で保存されることとなった。
除幕式はあっけなく終わり、医学部共通棟1階エントランスホールの出土品展示会場へと移動する。
そこには出土品、パネル等が展示されており、兵庫県教委埋蔵文化財調査事務所の中川氏による解説が行われた。
神戸大学医学部構内の発掘調査された場所と遺構を示すパネルを見ると、思っている以上に解明されていきているのだと感じた。

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記念式典では、鈴木副学長のあいさつに続き、NHK神戸放送局の原口局長があいさつをされた。
原口局長が、大河ドラマ義経の7回「夢の都」で、福原京が登場することを話され会場がわく。
福原京の造営、大和田泊の築港、後白河院を福原に迎えることが描かれ、史実とはかけ離れはいるが、遮那王が福原の都が見たいと訪ねるそうだ。
記念講演会は、高橋昌明先生の「清盛と福原京」。
福原京とは何か、なぜ重要なのかを解説し、具体的な福原京の様子も復元していかれた。
高橋先生は、福原京の新造内裏を、神戸大学医学部構内あたり、もしくはその北側と推定された。

★展示会場でいただいたチラシ情報★
兵庫県立考古学博物館(仮称)先行展「春の夜の夢のごとし 平清盛と福原京の考古学」という展覧会が、2月19日〜3月21日、播磨町郷土資料館で開催される。
3月13日(13:00〜17:00)には、「福原(和田)京の謎を解く」というテーマでシンポジウムも行われる。
パネリストは、高橋昌明氏 元木泰雄氏 鋤柄俊夫氏 岡田章一氏
会場は播磨町中央公民館視聴覚教室
※シンポジウム参加は、兵庫県教育委員会埋蔵文化財調査事務所へ申込が必要です。

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実朝忌

今日は、大通寺さんで行われた実朝忌に参列する。
大通寺は、鎌倉幕府三代将軍源実朝の妻である本覚尼が、実朝の死後、その菩提を弔うために建立した遍照心院の後身という由緒ある寺院だ。
毎年、源実朝の命日にあたるこの日に法要を営み、講演会を開いていらっしゃる。
本堂にはご本尊の横に、等身大の実朝像が祀られている。
ご住職が表白を述べて厳かに法要が始められた。
京都の寺院で、今もこのように実朝の法要が続けられていることに感動する。
法要の後、場所を奥の座敷に移し、講演か始まる。
今回の講演は、神戸大学の高橋昌明先生の「平氏の西八条邸について」。
六波羅と西八条を概説され、その機能的な違いなどの説明を受ける。九条末については、時間が無くて少ししか聞けなかったのは残念。
ちなみに今日は、高橋先生の還暦の誕生日。
おめでとうございます★

明日は、神戸大学で楠・荒田町遺跡説明板設置記念式典と講演会がある。
講演会は、高橋昌明先生の「清盛と福原京」。
こちらも、とても楽しみ♪
ということで今日、明日は高橋先生の追っかけをします。
詳細はこちら

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中世都市嵯峨探偵団

今日から龍谷大学の古文書研究会が始まったが、マックの様子が心配で欠席させてもらう。残念。
薬が効いてきたのか、今にも死にそうなぐったり感は無くなったものの、まだ調子が悪い。
ダンナさんが論文の取材に嵯峨へ行くというので、連れて行ってもらう。マックを、嵯峨の広い場所で放してやろうと思ったからだ。
清涼寺の近くの広場で遊ばしてやる。ちゃんと歩けないが、大喜びでヨタヨタ、クンクンしていた。

ダンナさんは今、中世都市嵯峨の論文を書いている。
確かめたい場所があるというのでついて行った所は、嵯峨小学校。
小学校の正門を入った所に、「天竜寺塔頭招慶院旧址」の石碑が建っている。招慶院とは元は霊松庵と称した天竜寺の塔頭で、明治初年に廃寺になった後、その堂社は小学校になった。
霊松庵は、「応永鈞命図」(1426年)に描かれている。中世都市嵯峨の寺社は、応仁・文明の乱でほとんど焼けてしまったにも関わらず、明治初年まで続いていたことに驚く。
校舎の横には、築山と池も残っている。池部分はだいぶと補修のされているようだが、築山部分はいきているように見えた。それが下の写真。

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他にも平安時代の道をたどったり、意外な神社を知ったりと、探偵が続く。
平安京探偵団にぜひ書きたいというネタをいっぱい拾うことができた。

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蛭ヶ小島

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伊豆から帰りました。
たっぷりと勉強もしたし、修善寺の温泉につかりお肌もスベスベ。
年末は忙しいので、年明けに平家歴史紀行の記事に加えます。
うん?源氏じゃないかって?平家の相手方ということで(^^ゞ
上の写真は韮山町の蛭ヶ小島に建つ頼朝と政子の像です。

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京都石碑探偵

041223京都市歴史資料館の伊東宗裕さんが『京の石碑ものがたり』(京都新聞社 1997)に続く第2弾、『京都石碑探偵』(光村推古書院)を出された。
帯に「調査/推理/解明 歴史の謎を探る、楽しみ」とあるが、まさにこの本は、その楽しみ方を教えてくれる本だと思う。坂本竜馬忠魂碑の話や、御大典モニュメントの話など、へぇ〜ボタンを何回も押したくなるようなエッセイが満載。この本を読むと、また違った京都の史跡めぐりができるのではないかと思う。自信を持っておすすめです!

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徹夜かなあ?

今夜はとうてい眠れそうにありません。
だって、待望の上の2冊が届いたのですもの!

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元木泰雄『保元・平治の乱を読みなおす』
保立道久『義経の登場 王権論の視座から』

NHK出版のIさん、ありがとうございます。

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平忠度の腕塚・胴塚

先週、平家物語探偵団が久々に出動しました♪
神戸市立博物館で開催中の特別展「よみがえる兵庫津〜港湾都市の命脈をたどる」を見に行った。
同時に開催中の、神戸市埋蔵文化財センター企画展示「港町・兵庫津〜賑わう庶民のくらし」も見る。
神戸市博の特別展は、近世の兵庫津に関する展示が中心。ダンナさんは古地図類を見るのが目的。
神戸市埋蔵文化財センターは少し遠かったけれど、常設展も充実しており、考古学ファンにはおすすめな場所。西神中央公園は、古墳の復元やら、埴輪のモニュメントがたくさん立っていた。兵庫津から発掘された泥面子の複製をお土産にもらえた。
神戸市立博物館「よみがえる兵庫津」
【会期】〜12月26日(日)
神戸市埋蔵文化財センター「港町・兵庫津」
【会場】神戸市埋蔵文化財センター(神戸市西区糀台6丁目 西神中央公園内)
【会期】〜12月26日(日)

文化財センターから博物館へ行く途中、駒ケ林で下車し、平忠度の腕塚と胴塚を訪ねた。
震災でかなりの被害を受け、どちらもバラバラに崩れたと聞いていたが、今は下の写真のように、復元されている。良かった。上が腕塚(平忠度塚)、下が胴塚。

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一の谷の戦いで、平忠度は、敗走する際、敵方に右腕を切り落とされ、最後には討たれてしまう。腕塚には、小さな堂が付属しており、中には平忠度の大きな位牌が祀られていた。今は埋めたてられて海岸線が遠いが、かつては松林だったのかなあと想像する。
詳しくは探偵団でいずれ・・・

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本覚寺

昨日は、関東からの知人を案内して、下京区の本覚寺へお参りする。
本覚寺は、源融の河原院跡に建っており、源融像を所蔵されていることで知られている。私たちもそのための訪問と思われ、すぐに源融像と塩竈神社の偏額を祀る座敷に案内された。
しかし、わたしたちの訪問の目的は、本覚寺の開山、源実朝の夫人本覚尼。
本で、同寺に本覚尼の木像があると記されていたのが気になっていた。しかし像は所蔵されておらず、本覚尼のお位牌が祀られていた。
三代将軍源実朝の正室として京都から迎えられた坊門信清の娘は、実朝の死後、京都へ戻り、出家して本覚尼となのる。頼朝から実朝、そして妻の坊門信清の娘へと伝領された西八条の地に、遍照心院という寺院を建立する。この遍照心院は、中世においてアジール的な役割を果たす重要な空間だ。
現在、遍照心院は無いが、遍照心院の跡を継ぐものとして、源実朝の像を所蔵する大通寺がある。今回訪ねた本覚寺も遍照心院の塔頭のひとつの後身だという。
本覚寺さんでは、お寺で作られた「本覚寺史」という小冊子をいただく。
詳しくは、そのうち探偵団の記事にしたい。って、一体いくつ書きかけの記事をためこんでいるんだろう・・・

本覚寺さんを後にして、知人を案内しながら京女の野口先生の研究室へと向かう。
途中、佐藤継信・忠信の十三重の塔が建っていた跡地、平重盛の邸宅の庭園といわれている専売病院の積翠園に寄る。
秋景色の積翠園は、また格別だった。

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竹の寺・地蔵院

松尾大社を参拝しおえたら、お腹もぺこぺこ。
松尾大社のすぐそばにあるイタリア家庭料理の店「トラットリア カザレッチョ」へ行く。
とても人気があるお店らしく、1時半を過ぎていても超満員。
たしかにおいしかった。昼から贅沢してコースを頼んだのだが、どれも絶品な味わい。しかもリーズナブル。
忙しすぎるのか、接客サービスに問題あり。外で待てと言われて待っていると、2組も順番を抜かされるし、食べ終わらないうちに料理を運んでくるし、デザートのあとのカプチーノを飲んでいる横で、夜のためのテーブルセッティングを始めるし・・・でもそれらをがまんしても、もう1度食べたい味だ。

腹ごしらへをすますと、月読神社へ向かう。人も少なく、静寂を味わう。
またそぞろ歩いて鈴虫寺へ行く。そしてびっくり仰天。なんなの、この行列!と目が点になった。幸福地蔵さんにお参りするために、1時間半待ちの行列。以前、この地蔵さまの人気をワイドショーで見たが、今もって続いているようだ。待てずに先へ進む。
前から行ってみたかった竹の寺、地蔵院。竹の清々しい青さに、紅葉の赤が重なり、見事な美しさ。
下の写真は、すべて地蔵院。
来年、また一緒に貴船を歩くことを約束して友人を見送る。今日1日ありがとう。

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松尾大社磐座登拝

東京から友人がやってきた。
京都・奈良通の彼女を喜ばせる所へ案内したいと、松尾大社へ誘う。
今年の7月から、禁足地だった松尾大社の背後の松尾山に登拝し、古代の磐座にお参りできるようになったのだ。こういう聖地を訪ねるには絶好の相棒である。
社務所で、小忌衣と杖を借り、いざ登拝。
期待感に胸をふくらませ、磐座へ向かう。途中、京都市内、比叡山を望める見晴台があり、双ケ岡の形がきれいに見えた。またしばらく行くと、どんぐり坂、きのこ谷を経て、印の磐、中の磐につく。そして、赤い鳥居が見え、いよいよ磐座。
巨大な岩盤がたちそびえる。松尾の神が降臨し、古代から祭祀が行われた場所。
空気がまるで違う。
聖地がいかにして聖地であるのかが、よくわかる。ずっといたいと思う場所だ。
後ろ髪をひかれながら、もと来た道を引き返す。
松尾大社の境内を流れる御手洗川の水元(みずもと)へも寄る。宝物館でいただいた小冊子によると、松尾山のわき水がここで1つとなって流れ出すとのことだ。ここで流れ出した水は、霊亀の滝となる。
わたしたちは2時間弱で、登拝を終えた。
(寄り道せずにまっすぐ磐座までにかかる所要時間は、20分くらい)
磐座をはじめ山中は御神域であるので、カメラ・ビデオの撮影は禁じられている。
ぜひぜひ、足を運んで清浄な気を感じてもらいたい。

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霊亀の滝

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復刊情報 源義経

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上は、昭和41年に出版された『源義経』(角川源義・高田実著 角川新書 1966)だ。
数ある義経本の中でも、高く評価されてきた本だが、すでに絶版となって久しい。
それが朗報です!
来年の1月には、講談社学術文庫の1冊として復刊されるとの情報を入手。
おすすめです★

私持ってるもん♪と、自慢できなくなるのね(笑)

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中世都市嵯峨を歩く

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11月も後半に入り、週末ともなれば京都は観光客でいっぱい。紅葉も今が盛りだ。
先日、いつもの御堂関白記講読会のお姉さまがたと、中世の嵯峨を歩いた。平日とはいえ、さすがの嵐山・嵯峨野、人でいっぱいだった。
ダンナさんが作成した中世嵯峨の復元図をもとに、昔の道を歩いてみようという試み。よく歩いた〜。
まずはもうひとつのテーマ、天竜寺の十境を、野口ゼミのN君に案内してもらった。N君、お姉さまたちを前にして大奮闘。上の写真は、天竜寺のお庭。
特別公開をしていた宝厳院にも寄り、林泉名所図絵に載るお庭を見る。こちらのお庭は、奇抜というか、いろんな趣向に満ちていて、テーマパークみたいな印象を受ける。
天竜寺の裏に当たる亀山公園も十境のひとつ。ここでお弁当。ドングリ博士Yさんが、ドングリご飯と、ドングリ餅を作ってきてふるまってくださった。初めて食べるドングリご飯。栗ご飯のような感じ。ドングリ餅は、わらび餅と似ていた。両方とも、とってもおいしかった。
大井神社、晴明塚、龍門橋、遊宜門院陵に寄り道しながら、釈迦堂(清涼寺)を目指して、中世都市嵯峨を歩く。
ああだこうだ、いろん話をしながら、楽しい時を過ごす。歴史好きな気の合う仲間と一緒に歩くのは、とても楽しい。また連れていってくださいまし。

この日、原付で嵐山まで行ったのだが、坂道で原付が力つきて絶不調。帰りは時速10キロ。だましだまし家にたどりつく。

※中世都市嵯峨の復元図は、来年出る論文集に入ると思います。論文集の題名を失念したので、後日、調べて書きます。ぜひ復元図を片手に歩いてみてください。ひと味違った嵯峨のめぐりができると思います。

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増える平家関連本

昨日は、平凡社ライブラリーから上横手雅敬『義経』がすでに本屋さんに並んでいるとの情報を得て、さっそく買いに走る。初版は、1978年、日本文化の会編集『日本を創った人びと』全25巻の中の1冊として出たものだそうだ。
モノクロではあるが、たくさんの珍しい写真をみながら読み進めることができる。元版の豪華カラー版もぜひ見てみたい!
もう1冊、即買いだったのは、新人物往来社の別冊歴史読本『源氏対平氏』(五味文彦編)。目次の執筆者を見ても、こりゃ読んどかなあかんという研究者ばかり。家に帰って食卓に置いておいたら、いつの間にかダンナさんが読みふけっていた。

2冊ともおすすめ★
わが家の書庫の平家コーナー、どんどんと隣の棚を浸食し、ダンナさんが頭をかかえている(笑)
平家関連本はまだまだ出版されるだろうしなあ・・・

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重盛に会いに行く

高橋昌明先生の論文「平重盛の天王寺万灯会について」(『国文論叢』34号 神戸大学文学部国語国文学会 2004年)を読んでいると、無性に平重盛に会いたくなった。
で、会いに行くことにした(笑)

現在、京都国立博物館の常設展で、11月21日まで神護寺の「伝源頼朝像」「伝平重盛像」が展示されている。通常これらの肖像は、年に1度、5月の神護寺の虫干しで公開されるのみだ。今回の展示は、ゆっくりと誰にも邪魔されずに肖像に対峙できるチャンスかもしれない。
「伝源頼朝像」「伝平重盛像」の肖像は、『神護寺略記』には神護寺の仙洞院に後白河法皇、平重盛、源頼朝、藤原光能、平業房の画像があり、それらは藤原隆信によって描かれたとあることによって、 現存する3枚の肖像に、それぞれ源頼朝像、平重盛像、藤原光能像と伝えられて来た(藤原光能像は京博には展示されていない)。しかし、近年、源頼朝像、平重盛像は、実は足利尊氏、直義の像ではないかという説が出ている。
お隣のケースには良く知られている、瞑想にふける明恵上人のお姿の肖像も展示されていた(高山寺蔵)。
*米倉迪夫『絵は語る4 源頼朝像 沈黙の肖像画』(平凡社 1995)
おもしろい!

京都国立博物館の特別展は、「古写経 聖なる文字の世界」〜11月28日まで。
重盛さまに会いに行ったついでに見学。
文字はあまり興味ないかなあ〜くらいに入館したが、これがなかなかおもしろくて夢中になる。
当然のことながら、人の手で写された経典。じっと見ていると、よくぞ日本に渡ってきて大切に残されたものだと、なでてあげたくなる。
おもしろかったのは、細かい、細かい文字で書写された細字経(豆経)や、写経生になるための試験の答案。「不」という文字が入っているたのは落第したのかな?運慶の願文の軸には平重衡に焼き討ちにあった東大寺の残りの木で作ったと記されていたこと。唯一残されたものという源頼家筆の写経。道長や師通の経塚に納められていた写経などなど。
もちろん平家納経や、四天王寺の扇面古写経などの装飾経も美しかった。平清盛筆の般若経も見る。
ずら〜っと、経典ばかりが並んでいる展覧会は地味ではあるが、ひとつひとつの来歴を考えながら見ていくと、とてもおもしろかった。

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秘められた黄金の世紀展

今日は昼からダンナさんと待ち合わせて、京都文化博物館で開催中の、「秘められた黄金の世紀展」へ行く。百済武寧王と倭の王たちというサブタイトル。4世紀後半から7世紀の考古遺物、特にキラキラと輝いていたであろう金製品を中心に展示されていた。
考古学ファンにとってはおもしろい展覧会だと思う。この展覧会で、わたしは初めて知ったのだが、百済の武寧王は、日本生まれ。佐賀県の日本書紀に載る「加羅島」というのは、佐賀県東松浦郡鎮西町沖合の加唐島であるといわれ、島には武寧王誕生伝承地もあるらしい。行ってみたいな。

*秘められた黄金の世紀展〜百済武寧王と倭の王たち
11月6日〜12月15日 10:00〜18:00 月曜日休館
於 京都文化博物館
(11月19日〜23日にはろうじの古本市が開催♪)

京都文化博物館は、ダンナさんの元の職場、学芸の部屋をたずねる。ダンナさんが話込んでいる間、部屋の本を何気なしに見ていると、『荻野検校』という本があった。時間つぶしにめくると、当道屋敷、清聚庵の位置についての詳しい記述を見つける。
現在洛央小学校の校門に当道職屋敷跡の石碑が建っているが、この本によると、その場所は清聚庵跡であるようだ。平安京探偵団の記事を書く時に、当道職屋敷跡と清聚庵の関係がよくわからなかったのだが、すっきりと位置関係までわかった。また、清聚庵の冠木の門が、高倉通に面して小学校の非常口として残されているという記事も発見。
博物館をあとにして、清聚庵の門を見に行くことにした。しかし、残念ながら豊園小学校から洛央小学校に建て替える時に、清聚庵の門は無くなってしまったらしい。見たかった。

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源義経と源平の京都

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書店の歴史書コーナーでどんどんと増殖中の義経関連本。取捨選択して買わなければと、1冊づつチェックする。
今日は大ヒットな本に出会えて興奮。
ユニプラン発行の『源義経と源平の京都』(取材・編集 川口正貴)
何気なく手に取って、ページをめくると、え〜っ!誰も知らない隠し球だったのに〜とか、あ〜ん!平安京探偵団で記事にするつもりだったのに〜とか、地団駄を踏んで悔しがる。まさに先を越されたという感じ。平安京探偵団の更新を怠っていたことを深く反省。
詳細な地図も掲載され、これは京都の源平史跡めぐり本としてピカイチだと思う。
参考文献ホームページ一覧に、京都歴史資料館み熊野ねっとととも、平安京探偵団の名前があがっていた。すっごくうれしい。1冊送って来てくれたらもっとうれしいのに(笑)

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古文書研究会に参加する

某大学国史学研究室の古文書研究会に参加させてもらった。
院生のSさんが開いているという研究会。あつかましくもSさんに、行きたい!とせがむと、快く迎えてくださったのだ。
修士の1回生とは思えない博識なSさん。高校時代にお年玉で玉葉を買って読んでいたというすごい人。将来を楽しみにしています!
内容は、古文書の読み方はもとより、ひとつひとつの事項について、どのように調べていくかを、とても丁寧に解説していくというやり方。
1時間半、とても楽しく有意義に学ぶことができた。
ありがとうSさん、研究会のみなさん。

来週からは野口ゼミでもI師範による古文書が始まる。
こちらもワクワク♪

古文書がスラスラ読めるようになりたい!という夢に近ずけるかしら?
うちにある平家の影印本、読めるようになるかしら?
ガンバロ〜! お〜!

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清和源氏ツァー

午前中、最後のデーターを送ってお仕事終了♪
家事がおろそかになっていた分を取り戻さなければならない。

昨日は、野口ゼミの清和源氏ツァーに参加。天気にもめぐまれ、有意義な時間を過ごす。
コースは、義経が中興したとの伝承がある諏訪神社。源義家生誕の地、若宮八幡宮。長講堂はここかなあ、堀川源氏館はこの辺りかとわいわいと六条通を歩き、左女牛ケ井の石碑を見て、唐門を見るために龍谷大学へ寄り道。六孫王神社で経基王の墳墓に参り、平氏の西八条第跡の梅小路公園でお弁当。そして最後はメインの源実朝夫人本覚尼が建立した遍照心院の後進である大通寺にお参りする。
大通寺は、本堂に源実朝の像を祀り、境内に尼仏尼の供養塔があることで有名だ。前々からぜひ訪ねたかった寺院。
大通寺のご住職様には、ご所蔵の実朝の能面を見せていただく。迫力に圧倒。源実朝像にも久々の対面。

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大通寺

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地図つくりに没頭す

来週の野口ゼミの見学会用の地図作りに没頭。
『平安京提要』の付録の復元図に、史跡、西八条第や、平氏源氏の邸宅などを書込んでいく。われながらよくできた史跡探索マップに仕上がった。
整理しながら書込んでいったので、とても勉強になったし、その過程で、今まで誰も言っていない事実にも気がつく。
早く野口先生に気がついたこと聞いてもらいたいな。ちょっとワクワク
と思ったら、先日、野口先生からいただいた遍照心院のレジメにも載っていた。がっくり。
野口先生は気がついていらっしゃるのね。

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平家物語探偵団

昨日の晩は、T先生の出版記念のお祝いのお食事会に招かれて、新神戸のオリエントホテルの極上の中華料理をよばれる。おいしい料理と、楽しい話題で、とても充実した時を過ごす。
とてもご機嫌なT先生。若き日の研究が増補改訂と言う形で再び世に出るというのは、すごいことだと思う。
T先生、ありがとうございました。
帰りは楽をしたい一心で新幹線で帰ることにしたが、10時を過ぎていたので京都行きが無かった(T.T)

昼間は、ダンナさんと久々の探偵道中♪
名付けて平家物語探偵団。詳しくは平家物語歴史紀行で記事にするので、写真だけでもどうぞ。
現在彼は、福原京に関する論文を書いている。そのために、どうしても昆陽野を見ておきたいというので、伊丹市の昆陽池へ向かう。
平安時代から歌枕にもなっている名所でもあった。こんなにたくさん鳥が!
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鳥に混じって、ヌートリアもいる。
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害獣に指定されている大きなネズミ。
昆陽池のそばには、伊丹市立博物館がある。小さな博物館ではあるが、力の入った展示をされていて、とってもおもしろかった。

藤原邦綱の寺江の山荘跡伝説地の石碑。
阪神の杭瀬の駅から徒歩20分くらいだそうな(われらはタクシー)。神崎川の堤防に建っている。
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阪神の大物駅を降りて探偵。大物浦はこのあたりか。
なんと義経弁慶隠家跡の碑を発見♪
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新神戸駅から徒歩5分。布引きの滝。
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東寺百合文書展

京都府立総合資料館では、第19回東寺百合文書展「足利義満と東寺」を開催中。10月31日まで。
いつも見逃してしまうので、調べものついでに原付を走らせ、総合資料館へ行く。
見学し終わり図録など買おうかな〜と逡巡していたら、小気味好い関西弁を話す女性を中心とした年配のグループが入って来た。
どうやら女性は先生らしく、古文書の勉強グループのようだ。さっそく女性による解説が始まった。かなり高度な内容を、とても分かり易く解説していかれる。あつかましくもグループの後方で必死にメモをとる。東寺百合文書をこれだけ詳しく語るということは、もしかしたら橋本初子先生?と思いながら、1時間余り、しっかりとレクチャーを受けた。
たいへん勉強になったのでお礼をいわなくてはと、「勝手に聞かせていただき申し訳ありません。たいへん勉強になりました」と申し上げると、「全然かまいませんよ。なんでも聞いてくださいね」と気さくに挨拶を返していただき、お名刺までいただいた。やはり思ったとおり橋本初子先生。すっごいラッキーだった。こういう展覧会は、解説のあるなしで面白みが断然違ってくる。
橋本初子先生、本当に勉強になりました。ありがとうございました。

11月からはじまる古文書の勉強会にむけて、はずみがついた。がんばるぞ〜!

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お稲荷さんは奥が深い

昨日は京女の野口ゼミ例会。
今回のご報告は、京都精華大学大学院の末松憲子さんの「近世日蓮宗における略縁起の成立背景〜相州・妙善寺の稲荷略縁起を中心にして」。
民間信仰宗教に興味があるワタシにとって、たいへん、たいへんおもしろい内容だった。近世における「開帳」が、収益を得るための経済的な行為であり、そのために霊験あらたかであるはずの秘仏の由来が、どんどんと変化して略縁起として作られて行くだなんて、ちょっとびっくり。
聖跡が作られていく過程にも興味がわいてきた。芸能との関わりも興味深く、江戸の人たちは文化に対して敏感というか、造詣が深いというか、生活にゆとりがでてきたのだなあとも感じた。

わたしの子どもの頃、まわりの大人にお稲荷さんは恐いから絶対に近づくなと言われて育った。
そのせいか、必要の無い時にはお稲荷さんには絶対に近寄らない。どうしても近寄らなければならない時は、最大限に丁寧にお参りする。
祖父は若い時に狐に化かされたことがあるそうだ。祖母は狐がついた人を見たことがあるらしい。2人ともすでに亡くなっているので、本当かどうかは定かではない。子どもをむやみに祠へ近づけさせないための方便だったかもしれない。

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義朝の墓

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平家琵琶の演奏会の前に、知多半島の先端、野間の大御堂寺(野間大坊)にある源義朝の墓と周辺史跡を訪ねた。
『平治物語』で良く知られる場面の舞台だ。詳しくは平家物語歴史紀行で更新させるので、とりあえず写真だけでもどうぞ。
平治の乱に破れた源義朝は、東国へ落ちのびるの途中、家来の鎌田正清の義父長田忠致を頼る。しかし義朝は、長田忠致に裏切られ浴室で殺されてしまう。後に平氏を滅ぼした源頼朝は、父の供養のため大御堂寺に七堂伽藍を寄進したという。
源平関連の史跡とわたしのデジカメは、相当に相性が悪いらしい。
壇ノ浦へ行った時、カメラを落として壊したが、今回もメモリーカードが認識せずデジカメでは10枚ほどしか撮れなかった。まさに一押し入魂の写真だ。
野間駅は無人。駅のまわりは田んぼで店は皆無(T.T)。大御堂寺の前の旅館に駆け込み、使い捨てカメラを買いなんとか間に合わせたが、できあがってきた写真はどれもガックリな構図。
年に1度、大御堂寺では義朝の最期の絵解が行われるというので、リベンジを誓う。

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湯殿跡に建つ源義朝像。

一泊した次の日は、愛知県立図書館で、地元でないと手に取れない郷土資料をあさってコピー。
まだ資料を全部は読んでいないが、訪ねてみた感想として、野間の大御堂寺周辺の義朝関連史跡は、大御堂寺の絵解から発生して形作られていったんだなあと思った。
絵解を聞いて、ここがそうだといいながら周辺を回るのは楽しい娯楽だったろうし、わたし自身も絵解きの掛け軸を見てから、ああ、あの場面がここだ!と思いながら回ったもの。
近世の地誌には、知多半島の土産として長田蟹が載っていた。平家蟹のことを、知多半島では長田蟹というらしい。恨んで死んだ長田親子の怨念が蟹にのりうつったとされている。

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五感にひびく、平家琵琶の世界

23日、名古屋の和風庭園ギャラリーで、平家琵琶の若き相伝者鈴木まどかさんの演奏会を聴くため名古屋へ一泊2日で出かける。
朝日カルチャー名古屋主催で「秋風に和の音色 覚王山でのスペシャルな三夜」の第一夜「五感にひびく、平家琵琶の世界」。
会場となった和風庭園ギャラリー「いち倫」さんは、日本家屋を喫茶とギャラリーとして解放されている。座敷の広間からは、自然斜面を利用した見事な和風庭園を見ることができる。今回の演奏会も、ライトアップされたお庭に面した座敷での演奏会。平家琵琶を味わうにはもってこいの空間だ。
夕方の5時からの開演で、ちょうど夕暮れ時から日が落ちる時を、平家琵琶の語りと響きに酔う。
鈴木まどかさんは、最近、講談社から『CD-BOOK声で読む「平家物語」名場面』をだされたばかり。
鈴木まどかさんのWEBサイト「平家詞曲研究室」は、平安京探偵団からもリンクを貼らせていただいている。初めてお会いしたが、凛とした美しい女性で、ますますファンになった。
今回聴いたのは、祇園精舎、生好、宇治川、紅葉。
ちょうど京女のゼミの吾妻鏡講読で、宇治川の合戦の場面を読んでいたので、ぐんぐんと内容に引き込まれ、時が経つのが本当に早く感じた。
ぜひとも京都の朝日カルチャーでも企画してもらいたいなあ。

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千利休居士聚楽屋敷趾石碑建立

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京都市上京区の晴明神社に、千利休の聚楽屋敷の跡地であることを示す石碑が、茶道の武者小路千家によって奉納され、16日に除幕式が行われた。
京都新聞の記事によると、「近年、江戸時代の茶書から、現在の同神社の境内に当たる<葭屋町通元誓願寺下ル町>に利休屋敷があったことが確認された」とある。
利休は豊臣秀吉によって切腹させられ、その首は一条戻り橋にさらされた。ということは、自分の屋敷の目と鼻の先に、首がさらされたというわけなのね。ひぇ〜。

今日は野口ゼミの日。
野口先生主催の『吾妻鏡』講読は、義経関連の記事を読み進める。史実の義経って、いったいどんなだったんだろう?どんどんと興味がわいてきた。

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伏見城下町見学会

午前中、1617会(中世近世の都市を研究する研究会、実際の都市遺跡を見学して研究会を行なっている)の見学会に参加した。
今日のテーマは、伏見城下町。ダンナさんが見学会の案内役をつとめたので、連れて行ってもらう。
2002年、『豊臣秀吉と京都ー聚楽第・御土居と伏見城』(日本史研究会編 文理閣)が出版された。その中で、ダンナさんは伏見城と城下町復元図を作った。
その地図をもとに、実際に伏見を歩いたのだ。
遺跡が残っているポイントごとは、何度か行ったことがあるが、通して歩いてみたのは初めて。とても新鮮で勉強になった。
上記の本には復元図がついている。ぜひ多くの方に、その地図を片手に歩いてもらいたいと思う。

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栄春寺墓地は、伏見城の北側の惣構の土塁の上にのっている。写真ではよくわからないかもしれないが、観音さんが建っている向こうに石垣が見えるが、その上が墓地。

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海寳寺は、土塁の上に建っているので、他よりも一段高くなっているのがわかる。

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清涼院の裏側。

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国宝中尊寺展

宇治を後にして、伏見でダンナさんの用事を済ませた後は、守山の佐川美術館へ向かった。
佐川美術館では、現在「国宝中尊寺展」を開催中だ。
この展覧会、思っていた以上に良かった。おすすめである。
後で平安京探偵団情報局へ入れておかなければ。

展示は大きく2つに分かれ、一つ目のテーマは奥州藤原氏と中尊寺。
前九年合戦絵詞、後三年合戦絵詞が並ぶ。
「前九年合戦絵詞」の場面は、頼義出陣の宴の場面。正面に、ぽっちゃりした義家が!
日ごろお世話になっている北条本『吾妻鏡』。「国史大系」本の底本になっているものなので、これまた日ごろお世話になっていますとご挨拶。
有名な平泉全盛古図もありの、平泉の発掘調査で出土した遺物が展示されていて、なかなか楽しめる。
展示品の数は少ないものの、それでも京都との関係、大陸との関係を物語る良い展示品が並んでいた。
ワタシ的には、柳之御所跡遺跡の井戸から出土したという平安時代の烏帽子にはまる。
二つ目のテーマは、義経東下り。
義経伝説に関する展示品が多かった。よく本などに登場する義経と弁慶の画像の本物を初めて見ることができた。
宝簡集の源義経自筆書状や腰越状も初めて見た。
特別公開として、藤原秀衡ゆかりの岐阜県石徹白(いしとしろ)の銅造虚空像菩薩座像が展示されている。平安時代のそれは美しい仏さまだった。

この展覧会は巡回なしなので、この時代に興味がある人は行って損なし。
帰路の琵琶湖の夕景は本当に美しく、道路両脇のススキの群生が黄金色に光るのも趣があった。

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宇治の遺跡オープンディ

今日は、宇治市の「菟道遺跡(大鳳寺跡)」「宇治市街遺跡」の現地説明会に行ってきた。
現地説明会という名前ではなく、遺跡オープンディ。
通常なら午前中だけ現場作業を中断して開催される。今回は10時から3時まで発掘現場をオープンし、現場作業を中断すること無く、発掘作業を含めて市民に見てもらうという新しい試み。大鳳寺跡の現場では、希望者には実際に発掘を体験させてもらいことができた。
大鳳寺とは、飛鳥時代後期に創建された古代寺院で、昭和46年の発掘調査では、瓦積基檀の金堂跡が発見されている。今回の調査地は、この大鳳寺跡の西隣にあたり、大鳳寺の附属施設と推定される建物跡が検出された。

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上の写真は、宇治市街遺跡の現場(黄色い矢印は、道路が延びている方向)。
道路が側溝とともにきれいに出ている。そしてこの道路は、現在もある道と重なるのに驚かされる。古代の宇治のメインストリートであったかもしれないと思うとワクワクする。
他にも平安時代の木の井戸枠が残っていたり、平安時代前期の園池跡、平安時代後期の道路、園池、建物跡など、もりだくさんの成果にびっくり。

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上の写真は、平安時代のお箸をさわらせてもらったところ。もしかしたら忠実さまがお使いになられたお箸かも〜と想像にふける顔は削除した。

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ぼちぼちと勉強しよう

夕方からは、野口ゼミの例会。
京都府立大学大学院のMA薗田美和さんが「鎌倉後期宇佐神宮の支配構造」について報告された。
参考文献の論文をいくつか読んでいったものの、難しかった〜。
荘園の基本を理解できていないとダメなのかなあ。ぼちぼちと勉強しよう。

平安京探偵団情報局に加えたが、大山崎町歴史資料館で「都とともに」という企画展が開かれる。それにともなう講演会があり、ダンナさんが第1回目の講演を担当する。
全然知らなかった。ダンナさんは、宣伝してよ〜と言うくせに、ちゃんと情報をくれないから困る。ブツブツ。
そのころワタシは、一泊で一人旅に出る。源平の史跡を訪ね、平家琵琶を聴く予定。楽しみ、楽しみ♪

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円仁の見た風景

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お盆休みを利用して中国山西省を旅行してきました。
仏教聖地・五台山と、世界歴史遺産・平遙古城を訪ねる旅です。

上の写真は、五台山竹林寺からの遠景です。この風景を目前にしたとき、同じ風景を目にしたであろう円仁のことを考え胸が熱くなりました。
1000年以上も前に、求法のために五台山を訪れた僧・円仁。
平安時代のはじめにここまで来るには、並々ならぬ情熱と努力が必要だったに違いありません。

●円仁(794〜864)
平安時代初期の天台宗の僧。第3世天台座主。15歳で叡山に登り最澄の弟子となる。838年44歳で入唐、約10年間滞在するが、847年皇帝武宗の廃仏に遭遇し、やむなく帰国する。
天台密教の行法である蘇悉地法を伝えたことで日本の天台密教を大成させ、また五台山念仏を伝えたことによって後の浄土教の発展に大きな影響を与えました。死後、慈覚大師と謚号。
『入唐求法巡礼行記』は、約10年間に及ぶ在唐中の日記。

●仏教聖地・五台山
中国山西省忻州地区五台県にある霊山。東・西・南・西・中の五つの峰からなり、それぞれの山頂が平らで台形の形をしていることから総称して五台山と呼ばれています。
文殊菩薩の霊場として知られています。

●五台山(竹林寺)
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五台山を目指した円仁が、まずはじめに15日間滞在した寺が竹林寺です。
円仁が訪れたころには、6つの院を持ち、40人余の僧が居住していました。
現在では荒廃し、その面影は残っていません。わずかに明代の舎利塔だけが、かつての栄華をしのばせます。
現在、文化大革命時に毀された殿舎の修復・再建の真っ最中です。

まわりには高山植物が咲き乱れ、心地よい香りにつつまれていました。
村の子どもたちに鉛筆などのお土産を持参したのですが、そのお礼にと花を摘み花束にして、私たちに差し出してくれました。わたしはもらった花束を仏様に手向けてきました。同行のS夫人は、大事に持ち帰り、押し花にして分けてくださいました。
とても大切な思い出です。

**************
上は、2000年8月に平安京探偵団の「探偵団的中国談々」というコンテンツで公開した記事です。容量の関係から中国史のコンテンツは無くしてしまいましたが、円仁の見た風景を紹介したくて載せました。

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遣唐留学生の墓誌

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夕方、マック探偵とクー探偵を引きつれ、「殿下乗合事件現場」を探偵。
猪熊通と竹屋町通が交わる所。最初に事件が起きた場所だ。まだまだ明るいと思っていたが、暗くて何がなんだかさっぱりわからない。向こうに見えるのは二条城。
おまけにマックが妖怪みたい。この後、マックはいつもより遠出なので疲れて動けない。家に帰り着いた時には、みんなくたびれ果ててダウン。

昨日驚いたのは、中国の西安で遣唐留学生の墓誌が発見されたというニュース。
阿倍仲麻呂らとともに遣唐使の一員として唐へ渡り、勉学途中で客死した留学生の生前の功績を記した墓誌が見つかったという。
祖国を思いながら夢半ばにして亡くなったのかと思うと胸が痛む。一人の日本人が、そこに生きたという証が残って良かった。

何年か前に中国の五台山へ旅行したことがある。
その時、艱難辛苦の旅をして五台山までたどり着いた円仁と同じ風景を見た。それ以来、遣唐使や留学僧のことが気になってしかたがない。
円仁は日本へ帰国したが、円仁ととも中国へ渡りついには帰国できなかった円載。また彼等より前の時代でそこに生きて名を残した霊仙(あまりに優秀すぎて恨まれ毒殺されたという説もあるが・・)。新しい知識を求めて旅立った思いは、どれだけ強い意志があったろうか。
★おすすめブック★
佐伯有清著『悲運の遣唐僧 円載の数奇な生涯』(吉川弘文館 歴史文化ライブラリー)

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殿下乗合事件

朝から体育祭の余韻、筋肉痛と戦う。だるい!

午後から京都文化博物館で開催中の、「近世京都の狩野派」展(〜10月24日)を見に行く。
近世画壇の頂点に立ち、多くの画家を輩出した狩野派のすばらしい作品に触れることができた。
美術に興味がある方にはぜひおすすめの展覧会だ。

美術と言えば、家の近所の倉庫で精華大学の学生さんが現代美術のアート制作に取組んでいる。アートユニット「wah(ワウ)」という。
いつも犬の散歩で倉庫の前を通るのだが、何をしているのかずっと謎だった。ある日、倉庫の前の電信柱に、ドロ〜リとしたジェル状の液体が塗られており、アート作品との張り紙があった。それでアート制作のアトリエであることがわかった。
7日から13日(午後6時〜10時 京都市上京区出水通堀川西入ル アラキビル1階)まで、スタジオをオープンして、自分たちの活動を紹介している。さっそくダンナさんと見に行った。スタジオには、自動車に、透明の液体状のゲルがかけられた作品が展示されている。さわるとぶよぶよのそれは、日々変化して行くとのこと。来年には、ビルにゲル状の液体をたらすというプロジェクトを行うそうだ。がんばって欲しい。

犬の散歩といえば、今日は『平家物語』の「殿下乗合」事件を想像しながら散歩した。
最近、寝る前に、『保元物語』『平治物語』に続いて『平家物語』を原文で読んでいる。昨晩、ちょうど「殿下乗合」を読んだのだが、犬の散歩コースがまさに事件現場だと気がつく。
マックとクーが毎日お世話になっている電信柱。「平家物語殿下乗合事件現場」と張り紙しようよ!とダンナさんと笑いあう。
明日は少し遠出して、松殿跡から歩いてみよう。

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日本史研究会大会

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今日から日本史研究会大会が佛教大学で開催されている。
高橋昌明先生の『清盛以前』、大会時に催される出版社による本の即売会で初お目見え。
文理閣の社長さんにはお世話になっているので、販売のお手伝いに行く。高橋先生ファンとして、『清盛以前』が売れて行く様子を見たかったのだ。
上の写真は、文理閣のブース。中央が自著を手にする高橋昌明先生、右は文理閣の黒川社長、左はお隣の校倉書房のベテラン山田氏。

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ずらりと並ぶ『清盛以前』。
改訂版のあとがきに、平安京探偵団の名をあげて感謝の言葉をいただきました。天にも昇る心地とはこのことです。高橋先生、本当にありがとうございます。
現物を手にされた方、表紙もステキだけれど、カバーをはずして背表紙をご覧下さい。金色に光る文字がかっこいいです!

初めて旧版『清盛以前』を読んだのは、大学を出て就職もぜずにフラフラしていたころだった。清盛の名前につられて買ったものの、そのころのわたしには難しくてなかなか最後まで読み進めることができなかったことだけを覚えている。探偵団を開設してからは、六波羅のこと平氏のことを勉強するのに、たいへんお世話になった。
新しくなった『清盛以前』、増補改訂された部分に注意しながら読み返し、知識を得たいと思う。

どさくさに紛れて、ダンナさんに欲しかった本を買ってもらいご満悦♪
明日も手伝いに行きたいが、学区の体育祭があるので行けない(T.T)

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常盤就捕処

免許更新のためバイクで羽束師まで行く。
講習2時間。マックを車で散歩に連れて行った時、駐禁の切符を切られたのがまだ尾をひいている。とほほ。

せっかくバイクで南まで来たのだからと、気になっていた「常盤就捕処」の石碑を見に行く。
『源義経〜流浪の勇者』の中に、写真が掲載されていたのだ。
義経関連の京都の伝説地は、すべて把握したつもりでいたが、やはりまだまだのようだ。
伏見区の伏見合同宿舎内に、下の石碑が建っている。

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帰りは常盤御前になったつもりで、奈良街道沿いに家路につく。途中、石橋の写真を撮ろうと、御香宮に寄る。御香宮の石庭に使われている石橋は、「常盤井」の石が使われている。
しかし残念ながら、お祭りのため石庭は見ることができなかった。そのかわりに、神幸祭のご神体の神功皇后を見ることができた。この像は、この間京博で開催されてい「神々の美」にも出展されていた。

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岩倉散策

野口孝子先生の御堂関白記講読会のお姉さまたちのフィールドワークに参加。
洛北の岩倉を歩く。天気もよく絶好のハイキング日和。
叡電の岩倉駅からまず訪ねたのは、岩倉の地名の由来にもなった磐座がご神体の山住神社。
結界がはられ、そばまでは近寄れないが、立派な磐座が鎮座している。
次は実相院。
久々に拝観した実相院は、お庭がとても新鮮だった。
自然を取り入れた(といっても計算されて取り入れられている)庭園と、枯山水の庭園の2つが楽しめる。
どちらも趣があって甲乙つけがたし。紅葉時は、また一段と美しいだろうなあ。紅葉の頃には夜間ライトアップもある。
庭園を楽しんだ後は、石座神社と大雲寺跡。
源氏物語に出てくる「北山のなにがしの寺」のモデルといわれる大雲寺。
かつては大きな寺院であったが、今は廃れる一方。
わずかながらに残る遺物に、大雲寺の面影をしのぶ。
石座神社でお弁当をひろげ、U先生より小野皇太后の山荘についてのレクチャーを聞く。
午後からは、解脱寺の閼伽井跡、小野皇太后の常寿院跡、朗詠谷を訪ねる。
(これらについては、探偵団の「岩倉に藤原公任を訪ねる」をご覧下さいませ)
かなりの距離だが、大勢でおしゃべりしながら歩くと苦にならない。
最後に長谷八幡宮へ寄る。
長谷八幡宮には初めて行ったが、とても清らかな雰囲気を残す神社だった。
苔の美しさが印象的。
今日の失敗は、デジカメを持って行くのを忘れたこと。とほほ。

晩は、野口ゼミの女子コン参加。
バリ風のお店で、おいしい飲み物、おいしい料理、楽しい話題で大満足♪
若者たちは、元気いっぱいで、それぞれが楽しんで生きている。良いことだ。

帰りに本屋さんへ寄って、日本史ブックレット『武士と荘園支配』、NHKカルチャーアワー「義経をめぐる群像」のテキスト、淡交社から出ている新撰京の魅力シリーズから出た『平家物語の京都を歩く』を買う。
終日、ご機嫌。大満足。
足だけが疲れた〜!と悲鳴をあげている。
がんばった足を、お風呂でモミモミしてあげよう。

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バザー大好き

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私はバザーが大好き♪朝から隣の学区のバザーへ行く。
地域柄、和装小物や浴衣なども格安で出されているのもうれしい。
さんざん物色して、両手いっぱい買い物。
犬たちへのお土産を買うのも楽しい。
今回は掘り出し物がたくさん。
シュタイフのテディベアが、50円という値がついていた。しかも新品。お店で買うと9000円くらいすると思う。
で、よくよく見るとtyビーニーの大きいぬいぐるみも100円〜200円で売っている。これも新品。
マックたちへのお土産はたいていUFOキャッチャーのぬいぐるみだったが、今日はtyビーニーの猫ちゃんたち。
さっそくマックは独り占め。クイールが近寄ると牽制して唸る。

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『清盛以前』表紙公開

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表紙画像を文理閣・黒川社長よりいただきました。
写真は、厳島神社の伝重盛奉納紺糸威鎧。
ふちと裏表紙は、青みがかった緑色です。

高橋昌明著 『増補改訂 清盛以前 伊勢平氏の興隆』
文理閣より近日発売。本体価格 4600円。

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『清盛以前』表紙がすごいらしい

今日は半日、商店街のお祭りのお手伝い。
ずっとラムネを売っていた。
子ども相手の商売だったので、シールをはがし、栓をあけなければならない。百本以上は開けたか。
昨日、ネイルサロンへ行って、きれいになったばかりの指先がああああ(T.T)

待望の高橋昌明著『清盛以前』(文理閣出版社 本体価格4600円)、表紙がすっごい!という情報をキャッチ★
明日か、あさってには、表紙の画像が届くので、平安京探偵団とこのブログで紹介するつもり。
乞うご期待!

ミネルヴァ書房よりの贈呈本『安倍晴明』が届く。もちろん、ダンナさん宛に。
はい。お決まりで、ダンナさんより先に読んでます。
ダンナさん作成の地図が使われているが、著者の方と面識はなく、ミネルヴァ書房さんからの掲載依頼だったので、内容については全く未知。
この地図の記号、○やら×の記号だったのを、絵記号にするようにアドバイスしたのはワタシだもん♪
ワクワク、ドキドキしながら読み始める。

晴明といえば、嵯峨の晴明塚に関することで、新しい情報を入手。
その内容は、ダンナさんの論文の中でふれるらしいので、発表後、探偵団の晴明の記事に加筆します。
いつになることやら。

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上横手雅敬先生編著『源義経 流浪の勇者』

上横手雅敬先生編著の『源義経 流浪の勇者』が発売されました!
野口実先生、前川佳代さんからの贈呈本が、手元にも届く。もちろん、ダンナさま宛。
でもでも、ダンナさんが帰るのを待ちきれず、さっそく読みはじめる。とても読み易く興味がある内容なので、今夜で一気に読んでしまいそうだ。
この本は、2000年10月に岩手県平泉町で開催された「源義経と平泉」をテーマにしたシンポジウムを基に構成されている。

探偵団の次回の更新は、長講堂の予定。
昨日のうちに仕上げるつもりが、なかなか進まない。今晩中には書き上げたいな。
もうひとつ気になって記事にしたいと思っているのは源実朝の奥さん本覚尼。
乞うご期待☆

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上横手雅敬先生編著『源義経 流浪の勇者−京都・鎌倉・平泉−』

今日は野口先生の研究室へ届け物に行く。
久しぶりにゼミの学生さんたちにも会え、たくさんおしゃべりできて楽しかった。
若者の生気を吸い取ってリフレッシュだ。
上横手雅敬先生編著『源義経 流浪の勇者−京都・鎌倉・平泉−』(文英堂)を見せていただく。
まだ書店には出ていないが、近日中には並ぶとのこと。
パラッと見ただけでも、おもしろい!と直感できる本。
早く読みたい〜!

話が中央公論社の『日本の歴史』になり、5巻の「王朝貴族」におよぶ。
野口先生は、土田直鎮先生にも師事されていたそうだ。
話を聞けば聞くほど、早く読まなきゃならないと、帰ったらさっそく読み始める。
巻末に九条家本『延喜式』付図の左京図の一部と航空写真を重ねあわせた地図がついていた。
わ〜い、わが家も載ってるやんと、喜ぶ(^o^)

野口先生の研究室に行き、先生の話を聞いたり、ゼミの学生さんたちの勉強する姿を見ていると、歴史を学ぶことは本当に楽しいという気持ちが伝わってくる。
わたしも及ばずながらガンバロ〜!お〜!


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平安神宮の大鳥居

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平安神宮の大鳥居の化粧直しが終わった。
久々に見る鳥居。やっぱり存在感があるわ。
デジカメの調子が良くない。
修理に出したばかりだというのに、画質がやはりおかしい。
手ぶれしているわけでもないのに、ピンぼけ状態。
ちょっと憂鬱。

府立図書館に、次回の野口ゼミ例会の参考文献を探しに行く。
宇佐神宮の本を見ていると、以前に宇佐神宮へ行った時のことを思い出す。
そのころ宇佐神宮は卑弥呼の墓だというトンデモ系の小説を読んでいて、ダンナさんに古墳ですかあ?と聞いて、思いっきりバカにされた。

これから叔父の誕生パティーへ行く予定。
おいしいと定評があるホテルなので、楽しみ、楽しみ♪

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ネイルサロン初体験

今日はネイルサロン初体験!
某大学のK先生の美しい指先を見てから、ネイルケアに開眼。
予約をしていなかったので、ベースケアの簡単なコース。
でも出来あがっていく自分の指先を見て、目からウロコ状態。
ほんの少し手間をかけるだけで、こんなにもきれいになるなんて!
形を整えて磨くだけで、見違えるほど美しく変身。
やみつきになりそうだ。
気をよくしてデパートのコスメコーナーで、シャネルの新作の口紅その名もKYOTOを買う。

書店に寄ったら、来年の大河ドラマに向けての平家物語関連本がまた増殖している。
早く読みたいワクワクな本の出版も相次いで控えている。
再刊を待望されていた高橋昌明先生の『清盛以前』、10月の日本史研究会の大会には並ぶ。加筆されたところも多いと聞いているのでお楽しみに。
上横手雅敬先生の編著『源義経 流浪の勇者−京都・鎌倉・平泉−』(文英堂)も、近日発売!
元木泰雄先生の『保元・平治の乱を読みなおす』(NHKブックス)も、年内に刊行予定とか。
探偵団としてもうかうかしてはいられない。
以前に京都の義経伝説地をピックアップした。
史実と伝説をどう紹介していくべきかで悩み途中で停滞したまま。
眠らせたままなので、そろそろ熟成しているかもしれない(笑)
屋島や壇ノ浦の紀行も書かなければ!

二部式帯、無事にできあがった♪

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伝統文化祭「西陣 千両ヶ辻」

朝から伝統文化祭「西陣 千両ヶ辻」のイベントへ行く。
本当はダンナさんと着物を着て行きたかったのだが、彼は今朝から研究会に参加するため九州へ旅立った。
ひとりで着物でうろうろするのも気がひけるので、いつもの格好で自転車で行く。
町家公開、和雑貨販売、時が経つのも忘れて夢中になり、あっという間にお小遣いが無くなる。
アンティークの白大島の単、喉から手が出るほど欲しかったけれど、がまん。
上等の帯締と帯揚、安い半襟、帯揚・帯締、これで着物を着なければ、ワタシっていったい・・・
明日からはまた着物を着るぞ!

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町家の坪庭。

食事はフォーカルポイント。予約がなかなか取れないので有名な町家のお店。
こういう機会じゃないと入れないので、並んで入った。
う〜ん・・・・
お店自体の空間としての効果は抜群。
ランチのメニューは、イベント用のものだと思う。
おそらくいつもはちゃんとしたおいしいものをサーブしてくれるに違いない。

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フォーカルポイントの天井。

町内の歴史展示で、御土器が展示されていた。
今年は蓋書きの由緒書を翻刻してくれていた。探偵団の「御土器」の記事にぜひ加えたい事実が判明。後日、加筆しよう。


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写真展マヤの人びと〜平和を紡ぐグアテマラ女性

グアテマラ政府から弾圧を受け続けているマヤ先住民族の暮らしや闘いを撮り続けているフォトジャーナリスト古谷桂信氏の写真展が、京都YWCA(京都市上京区室町通出水上ル)で始まっている。
ダンナさんの友人が、日本ラテンアメリカ協会ネットワークの活動に参加している。彼女から話を聞いてはいたが、実際に古谷氏の写真を見て深い衝撃を受ける。
グアテマラで36年間(1960‐96)におよぶ政府軍とゲリラによる内戦は、死者・行方不明者の数20万人以上、国内外避難民は100万人以上という犠牲を出した。写真展では、内戦が終結した今もなお、抑圧を受け続けている先住民族の日常と闘いを紹介している。
写真を見ていくと、人権を踏みにじる者に対しする怒りが込み上げてくる。唯一の救いは、明るい未来を見つめる子どもたちの笑顔の写真。
期間は短いが、ぜひたくさんの人に見てもらい、知ってもらいたいと思う。

***********************
【日時】9月20日〜9月26日 11:00〜19:00(最終日は18:00まで)
【場所】京都YWCA 上京区室町通出水上ル
※最終日26日(日)15:00〜17:00、古谷桂信氏の講演会。
【主催】日本ラテンアメリカ協会ネットワーク、京都YWCA
***********************

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別冊太陽「神像の美」

別冊太陽の最新号は「神像の美」。
あまりの美しさにひかれて購入。
先日、京都国立博物館や、大阪市立美術館で一目惚れした熊野速玉大社の女神さまも載っている。
仏像も大好きだが、神像の方により美しさを感じる。
仏像の諸尊には典型があり人間離れしているのに比べると、神像はより人間に近い気がする。
本来は姿が無く目に見えない神が、人間の前に姿を現した造型だから?
神々の聖地を求めて巡礼するのもステキかも。

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犬に化けたわが家の神サマ。

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中尊寺金色堂大修理

ちゃんこ鍋を食べながら、プロジェクトX「中尊寺金色堂大修理」を、ダンナさんとへぇ〜とか、ほぇ〜とか言いながら見る。
ダンナさんが、「藤原氏の廟がああだとしたら、後白河の廟はどんなだったんだろう?」と言う話しで盛り上がる。
奥州はたくさん金がとれるからイコール金色堂だというのはどううだろうという話しになる。やはり都に金色堂のモデルがあってしかるべき。
ダンナさんも、都に無いものを作っても奇妙奇天烈ということになるし、都の文化が基準になるはずだという意見。
平安時代後期、平安京の八条二坊十二町には藤原師長の邸宅があり、その邸宅の中の仏堂は「金色堂」と呼ばれていたという(九条家本『延喜式』付図)。平泉の金色堂とつながるかなあ?

町内会の用事で町内を回っていて、「中尊寺金色堂大修理」、半分しか見られなかった。
あ〜ん。ビデオに撮っておけば良かった(T.T)
サードウォッチも見逃したよ〜。


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著作権侵害について

お気に入りのWEBサイト巡りをしていたら、あるWEBサイトがとても重大な問題に直面している。
著作権を侵害されて、商業誌にコンテンツをそのままそっくり使われたようだ。
管理人さんは言葉を抑えているが、その怒りと悲しみがひしひしと伝わってくる。
歴史系WEBサイトを開設している者にとって、他人事ではない。
どうか負けないで欲しい。

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幸せ続きだ

昨日はダンナさんのお父さんの23回忌。
男の人は簡単に用意が済むからいいけれど、女はそうはいかない。
朝から早く起きて、顔を完璧に作り上げる(笑)
今回は着物を着たので、これまた用意に倍手間取る。
くすんだピンクの唐草模様の地紋の入った色無地に、弔事用の色帯。
蹴上にあるお寺で法要を行い、円山公園の菊の井で会食。
菊の井のお料理、おいしかった〜!
ボリュームもありお腹がいっぱい。
家に帰りつくころには疲れ果て、夕食はざるそばだけ。
メールの返事がたまっているなあと思いつつ、お風呂からあがるとあっという間に爆睡。

今日の午前中、京都国立博物館の『神々の美の世界 京都の神道美術』へ、2度目の観覧。
主に展示替の品々を見る。
この展覧会で初公開となった京都の倉掛神社の伝菅原道真像はすごかった。
2人の座った人物と立った人物が対峙して、座った人物(菅原道真)の冠を、立った人物がしゃくで冠を叩き払う一瞬をとらえた場面。
怒りの形相を持つ立っている人物は誰なのか? 時平? 清行?
ワクワクさせてくれる画像だった。
六孫王神社の縁起絵巻も興味深かった。
大通寺の姿が描かれている。女の人の参詣姿、本覚尼の関係の方ですか?と絵画に向かって話しかける。
絵巻には、小さな階段ピラミッドみたいな経基の墓も描かれていた。
この展覧会は、明日まで。

午後からは、妙連寺の虫干寺宝公開へ行く。今日まで。
豊臣秀吉関連の古文書をはじめ、ひげ名号軸、朱印状などが展覧されていた。
妙連寺って、初めて内部に入った。
豊臣秀吉からもらったという大きな石を中心にした石庭は見事だった。
お寺の方の説明によると聚楽第のものだそうだ。
他に収蔵庫の長谷川等伯のふすま絵を見る。
境内は芙蓉の花が盛り。

夜は、これから木屋町の料理屋さんでお食事♪
法事でダンナさんの妹夫婦が帰京しているので、お相伴でおいしいものにあたる。
幸せ〜♪ 早目にマックとクーの散歩を済ませておこう。

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茸狩り?

昨日から鬱状態。更年期かしら?
元気を出そうと、府立図書館へ読みたい論文を2本、コピーしに行くくと、両方ともナシ。どんどんと不幸度が増してきた。
ランチにお気に入りのフレンチレストランへ行き、ようやく元気を取り戻す。
午後からは一気に探偵団の更新記事を書き上げる。
ダンナさんに読んでもらったら更新させます。
今回は予告していたとおり清盛塚集めてみた。
わら天神の境内に、清盛塚と呼ばれる古墳時代の円墳がある。近世の地誌類ですでに誤りだと指摘されているのだけれど、なんか伝説になる要素があるのかと探偵中。
衣笠山と平氏をキーワードに地誌類をめくっていると、重盛が衣笠山の東麓で茸狩りをしたという記事を発見。ヘっ?茸狩り?とびっくりしたのだが、平安時代の貴族は北山によく茸狩りをしているらしい。和歌にも詠まれている。重盛の茸狩り、史書にも出てくるのかなあ?継続して調べてみよう。

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首途八幡宮、「源義経奥州首途の地」石碑建立

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上京区の首途八幡宮にて、「源義経奥州首途の地」の石碑除幕式が行われた。
見物に出かける。
大きく立派な自然石に「源義経奥州首途之地」の文字が刻まれ、横に説明板が立つ。
来年には、大河ドラマ「義経」が放映されるので、多くの観光客が訪れるのだろうな。
探偵団でも平家史跡案内を充実させていきたい。

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盗用される

WEBサイトを公開している以上、大なり小なり著作権が侵害されるのはしかたないとあきらめている。とは言いながら、盗用し改悪されたモノを商業誌に掲載されているのを見つけると、どうしようもなくやりきれない。
今回盗用されたのは、平安京探偵団の「『平家物語』を読むための平安京図」。
この地図をベースに平氏の邸宅だけを抜きだしたはいいけれど、さっぱり分かっていない人が作ったらしく、信じられない改悪っぷり。
バカじゃないの、青○出版社!
明日は、クレームの手紙を青○出版社の社長宛に送ろう。


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『祈りの道〜吉野・熊野・高野の名宝』

今日は、展覧会と古本市へ出かける。
大阪市立美術館で開催中の『祈りの道〜吉野・熊野・高野の名宝』展、行って良かった。
本当に、良い物をたくさん見せていただきましたよ。
土曜日でもあったので、すっごい人だった。
ワタシが印象に残ったのは、熊野速玉大社の夫須美神坐像。神秘的で、とにかく引き込まれるような美しさ。平安時代前期の作。
大好きな源通親さんの自筆や、安楽寿院の鳥羽法皇像見ることができてウレシ。
後二条師通記や中右記などもじっくり拝見。
でっかい蔵王権現立像。その大きな足に、ふ、踏みつけくださいまし〜!と思うのは、ワタシだけかな。
定家の熊野御幸記、清浄光寺の後醍醐天皇像は展示替のため見ることができなかったのは残念。
熊野へ行きたい熱が、どんどんと高まってくる。壷装束を着て熊野古道を歩きたい。
この展覧会は、名古屋、東京と巡回する。オススメ★

市美を後にして、大阪歴史博物館へ『生人形と松本喜三郎』展を見に行く。
生人形とは、幕末から明治にかけて流行った見世物興行の細工物のひとつ。まさに生きているがごとくの実物大の人形で、世相をうつしだしたり、歴史劇を再現したりしてみせたものだ。
こちらもすばらしかった。
こうした生人形が、戦前にはヨーロッパやアメリカの博物館へ輸出され、日本を紹介する展示物になっていたことにも驚いた。
わたしの亡くなった祖父は日本人形の生地師だ。
祖父の家にも1体、生人形があった。
人間国宝になった人形師が作った赤ちゃんの人形。
今にも寝息が聞こえてきそうな感じで恐かった。

帰りにツィンタワーの古本市へ寄る。
こちらは規模が小さかったので、収穫は無し。
師匠の中公新書が、とてもきれいな状態で出ていたので、線引き用に購入。

行き帰りの電車で、石井進先生の『鎌倉幕府』を読み返す。
半年前に読んだ時は、わからないままに読み終えてしまった。
それが今日は、関東の武士団にも少し興味が出てきたせいか、内容が頭にスッと入ってきておもしろく読みすすめられた。天養記講読に参加させてもらったおかげだ。成長、成長♪

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脱力感

天養記講読が終わる。
3日間だったが、すっごく長い時間だったように思える。
特に今日の文書は、復習して整理しないと、理解できないままに終わってしまいそう。
今回の史料講読を通して、たくさん読みたい本も出てきた。
まだまだワタシの中では終わりそうにない。
とりあえず明日は高橋一樹氏の『歴史評論』の論文をコピーすること。

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日々反省

野口ゼミの天養記の講読が昨日から始まった。
昨日は、先輩から関東の武士団と伊勢神宮の祭祀組織についての基礎知識のレクチャーと、講読。
今日は、講読のみ。わたしも短い部分を、読ませてもらった。
家で何度も、犬たちに聞いてもらい、完璧♪と思っていたのに、本番では全然ダメ。
ちゃんと読めていたはずの所まで、はずしてしまい、解釈はしどろもどろ。
ちょっと悲しすぎ。反省。
史料講読って、どういうものかということが、少しづつわかってきた。
この経験は、吾妻鏡講読に、絶対にいかさねば!
明日は最終の講読。
ちゃんと理解できるように、何度も読み返しておこう。

天養記講読を終え、家に帰ると、関東のD大学の陵墓をやっていらっしゃる近世史のT先生が、すでにいらしていた。
ダンナさんのコレクションの神武天皇陵に関する一括古文書を見に来てくださったのだ。
途中からだが、一緒にお話を聞かせてもらう。
初見の古文書をスラスラと、その内容を解説していってくださる。
専門家って、すごいなあ〜と素直に心から感動。
中から1点、貴重な扇面画が出てくる。
表装して山田家の家宝にしよう。

一昨日からずっと風邪気味で、身体の調子はすこぶる良くない。
でも、知的な刺激を受けて、頭の中は勢いよく回り続けている。
空回りに終わらせたくない。
でもちょっとカラカラと音がしているような・・・

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こうして写本は作られる?

来週から始まる天養記講読の予習のため、平安遺文から原稿用紙に、せっせと書き写している。
右手がヘロヘロ。筆圧が強いので、シャープペンも壊れかけ。
返り点を入れ、わからない意味を調べては書き入れ、書き入れしながら、ふと思った。
昔の人はこうして書き写して伝えていったのだなあと。
ひとつひとつ丁寧に写しているつもりでも、めんどうで略字にしてしまったり、知らずのうちに誤字を書いていたり、点が少なかったり、棒が多かったり・・・
わたしはただ単に写しているだけだけれど、わざと意図を持たせたり、意訳したり、原本がどんどんと変化していくのも無理ないなあと思う。
さてキングダムが始まるまでもうひとがんばりするか。

昨晩は、野口ゼミの夏のゼミ旅行のお疲れさま会に参加。
若い人たちのエネルギーを吸収して、ちょっと若返ったような気がする。
手絞りのマンゴ酎ハイは、とってもおいしかった★
トマトのカルピスソーダも、おいしかった★
ダンナさんにも飲ませてあげたい。
四条木屋町上ル 電気食堂

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浄妙寺跡&亀山殿跡

今日は宇治の浄妙寺跡の現地説明会へ行った。
木幡小学校のグランドが、ちょうど藤原道長の建てた浄妙寺跡にあたる。
平安時代、法華三昧堂、多宝塔などが建ち並んでいた。
今回の調査は、範囲確認のための発掘調査で、焼土層、出土遺物などから、鎌倉時代以降も大規模な改修が行われていた可能性があると発表された。
多宝塔跡が出るのを期待されていたのだが、それに関わる遺構は確認できなかったようだ。
遺構は、調査範囲が狭く、素人目にはよくわからなかった。
木幡には藤原氏墳墓群があり、浄妙寺は藤原氏のための菩提寺、また藤原寛子の白川金色院跡も近く、将来的にはすべてを包括して藤原氏関連史跡として指定を目指しているということだ。

宇治の現説の後、ダンナさんが、野口先生、S県立大学のK先生をお誘いして、嵯峨野の亀山殿の発掘現場見学に行くのに、ついて行く。
こちらの現場は、つい先日、後嵯峨上皇が造営した御所「亀山殿」の遺構であると新聞発表された。
庭園遺構と建物の柱跡を確認することができる。
亀山殿造営の時に埋められたという大きな堀が、いつ頃ものであるのか、どういう性格のものであるのかが興味深い。
調査後は、小倉百人一首伝承館が建つそうだ。

久々にお会いしたK先生、ドライブ中、ずっとおしゃべりに花が咲き、とっても幸せな1日だった。
これでダンナさんが、iMacG5買ってもいいと許してくれたら、もっと幸せになれるのになあ・・・
今夜から、ダンナさんが寝入った後、耳元で「iMacG5〜。今月誕生日〜」とささやこう。これ意外と効き目あり。

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始まる前から落ちこぼれる

9月の初め、京都女子大学・宗教文化研究所の野口実先生の自主ゼミでは天養記講読が開催される。わたしも参加させていただく予定。
図書館で参考文献を借り、ぼちぼちと読み始めている。
しかし、さっき自主ゼミの掲示板を見に行ったら、○○ちゃんは準備万端であるとの情報をキャッチ。
が〜ん(|||_|||)
わたしはまだ参考文献の論文を読むための準備で、いっぱい、いっぱい。
ダンナさんに、「どうしよう、始まる前から落ちこぼれてるやん! 明日から、1日24時間予習しなけきゃ、ついていけないよ〜!」と言うと、「やらなあかんという気になっただけでも、良かったやん」と妙な励ましを受ける。
わたしの部屋の隣室では、現在、某研究会の準備会が開かれている。
中世の文献の先生もいらしている。
教えてくださいましい〜と、入っていきたい衝動をぐっとがまん(T.T)
せめてゼミ仲間の足をひっぱらないように、ガンバロ〜!お〜!
なんか、受験前の心境・・・
勉強することは本当に楽しい♪
学生時代に気づくべきだった(笑)

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清盛塚

デジカメ写真の整理中、以前撮った清盛塚の写真発見。
なんでこんな所に清盛塚?という一品である。
京都市内の神社の中にあるのだが、神社側もきっぱり伝説ですと否定されている。
伝説が生まれるには、伝説を生む背景があるはず。
なぜ伝説が生まれたのか、その背景を探るのも歴史の醍醐味。
結局、その背景をつかめずに、探偵団で紹介できずにいたのだが・・・
せっかく平家物語歴史紀行というコンテンツも作ったのだから、日の目をみせてあげたい。
京都市内の清盛塚を集めて紹介という形でページにしようかな。
どこの神社か乞うご期待(^。^)

台風接近中。京都も風がきつくなってきた。
マックとクーの散歩中、気持ちよいのか2匹とも動いてくれない。
ダンナさんは、台風接近にも関わらず、加悦町へ泊まりがけの調査。ご苦労さまだ。

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論理的に組み立てる

ダンナさんの体調が、少しよくなったようなので、菖蒲谷と六代を読んでもらう。
ダメだしがいっぱいだったが、なんとか仕上げて更新。
「文章は、論理的に組み立てなくちゃいけない」と毎回注意される。
どうしたら論理的な文章が書けるの?と聞く。
良い論文をたくさん読んで、たくさん論文を書くことだそうだ。
考古学でいうと、論のたて方のお手本は、小林行雄先生。
議論の方法を学ぶには、江上波夫先生。
しかし「江上先生は名人芸だから真似できない」とダンナさんいわく。
考古学者ではないけれど、日本語がきれいなのは、梅棹忠夫先生。
一行の文章で情景が浮かんでくような、端正で美しい日本語を、わたしも真似したい。

文章修行は、たいへんだ。せめて毎日、少しでも文章を書こう。

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極楽ってこんなとこ?

東寺の講堂には、空海が作った立体曼陀羅があり、大日如来を中心とした、21体の仏像が安置されている。
立体曼陀羅とは、密教の真理を立体的に現したものだという。
この仏たちの前に立つと、極楽ってこんなとこ?と、いつも思ってしまう。
平安時代の人たちは、どんなふうに極楽を感じていたのだろう?

日野の法界寺の阿弥陀堂も、大好きなお寺のひとつだ。
阿弥陀堂の阿弥陀如来像の前に出ると、自然に手が合わさり、頭がたれる。
心が落ち着き、自分自身を見つめることができる。
極楽に近いかも。

※トラックバックの練習に、「世界で一番極楽な場所」を書いてみました。

中央図書館へ資料をコピーしに行って、せっかくコピーした資料を取り忘れてくる。
あわてて図書館へ電話するが、見つからない。
イライラしていると、何をやってもうまくいかない。
クイールが、家に来たばかりのころのビデオを見て心を落ち着かせる。
こういう時にこそ、東寺の講堂へ行って仏と対面し、極楽気分になるといいんだね。

一月ぶりに、修理に出していたマイデジカメが戻ってきた。
これでガンガン写真が撮れる♪

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菖蒲谷と六代御前

昨日は、マックとクーを嵐山・高雄パークウェイにあるドッグランに連れて行った。
ドッグランは、菖蒲谷池の隣にある。
『平家物語』好きには、菖蒲谷といえば、六代御前の名前がピンとくるのでは?
平家の残党狩りで、平維盛の息子・六代が捕らえられたのが菖蒲谷。
菖蒲谷の場所については、異説があるので、本当にここかとは言い切れない。
たしかに、平家のころ、こんな山奥に人が住めるのかとも思う。
でも、六代の命を助けた文覚がいた神護寺からは、そう離れていない感じだし・・・
『吾妻鏡』の該当記事を読んだら、平安京探偵団の記事にしたい。

今日はクイールのアルバムを作成する。
使った写真は、すべて3か月未満。
なんと小さかったんだろう。今では立派な成犬だ。

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地蔵盆

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昨日は、わが町内の地蔵盆だった。
ああいにくの天気で、夕方からひどい雨。
私もダンナさんも、朝から晩までずっと気を張りつめた状態で、心底疲れる。
でも、京都の伝統行事を担えたという安堵感でいっぱいだ。
降ったりやんだりする雨に、今日も1日、右往左往。
後片付けが終わらない。

まともに写真を撮る余裕も暇もなかったので、古い写真をご紹介。
わが町内の21年前の地蔵盆の様子。
町家の格子がはずされ、提灯が吊られている。
京都のなつかしい風景かも。

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地蔵盆♪

本日、地蔵盆♪ 関西の風物詩ですね。
朝7時から飾り付けが始まり、夜の8時半、足洗がさきほど終わりました。
夕方からのあいにくの雨で、福引きの時に大雨でたいへんでした。
片づけが明日以降に持ち越し。
しかし事故もなく無事に終えることができてホッとしています。
腰痛も出てヘロヘロなので、写真や詳細は、また明日 m(__)m
今日は、シャワーを浴びて寝ます。

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