« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

平安京探偵団的『船弁慶』案内

いよいよ笛の社中の会まであと1週間。
以前、別ブログで書いた記事を元に、平安京探偵団的『船弁慶』案内。
下のモノクロ写真は、夜の大覚寺で、静御前になりきっている6年前の私。

201308262


能『船弁慶』

観世小次郎信光作の五番目物。
兄源頼朝と不和になった源義経は、弁慶らわずかの従者を伴って都を落ち、摂津国大物の浦に着く。
弁慶は、後を慕う愛人の静を都に帰すよう義経に進言する。
静は悲観にくれながらも、越王勾践を助けた功臣范蠡の故事をひいて義経を励まし、別れの宴で舞を舞い、都へと帰って行く。
やがて船が海上に出ると、にわかに海が荒れ、平知盛をはじめ平家の怨霊が現われて、義経を海に沈めようとする。
平知盛の怨霊は、薙刀をふるって義経一行に襲いかかるが、弁慶に祈り伏せら、波間に消えて行く。

文治元年(1185)兄源頼朝と対立した義経は、大物の浦から西国を目指して船出します。しかし、激しい風にあい船は難破し、小船一艘に乗換え、和泉浦を指して逃げ去ります(『玉葉』同年11月8日条)。『平家物語』では、平家の怨霊の仕業と語ります。能『船弁慶』では、平知盛の怨霊が現れて弁慶に祈り伏せられます。

大物の浦は、現在の尼崎市の南東部(兵庫県尼崎市大物町)にあたります。
現在は市街地となっていますが、鎌倉時代、神崎川の支流佐門殿川の河口西岸にあった河港で、西国往来の船が出入して栄えました。

359

大物主神社は、社伝によると平清盛が厳島神社参詣の際に当地を訪れ、同社を勧請したとされています。境内には義経・弁慶隠家の碑があります。

20130826

神社の周辺にも、義経伝説がいくつか残っています。
大物主神社のそばを流れる大物川は、現在では埋め立てられて緑地公園をなっていますが、大物川にかかっていた大物橋のそばには義経の旅宿があったと伝え、また謡曲『船弁慶』では義経と静は大物で別れる筋になっているのにちなみ「伝静なごりの橋」の石碑もありました。石碑は現在では辰巳八幡神社の境内に移されて保存されています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

役者の読む世阿弥『風姿花伝』

来週の月曜日から、敬愛する味方健先生の伝書を読む会「役者の読む世阿弥」で『風姿花伝』が始まる。

201308221c

味方健先生の伝書を読む会「役者の読む世阿弥」は、2006年11月より始まった。
『風姿花伝』『申楽談儀』『三道』『金島書』『五音』『二曲三体人形図』と続き、再び『風姿花伝』へ戻ろうとしている。
私は『申楽談儀』の終わりから受講させていただいている。

味方先生のお話は、納豆のように糸のように、いろんな所とつながっていって興味が尽きない。
正直、謡を習っていない私には理解できないことや、難しくてわからないことの方が多いけれど、10のうちひとつでも理解できるようになりたいものだ。
また講義の中ですすめられた本を求めるうちに、私の部屋は能の本だらけになりつつある。
先生のすすめる本は、間違いなく面白いので、古書店で探し求めるのも楽しみのうち。

『風姿花伝』のテキストは、2011年に角川ソファア文庫より刊行された竹本幹夫先生の『風姿花伝・三道』。
以前にこのグログでも書いたことがあるが、この本には、最新の研究成果が盛り込まれた詳しい本文解説がついている。
味方先生が、このテキストを使って、どういう切り口で、新たに読みこんでいかれるのか、考えるだけでもワクワクする。

201308222c

| | コメント (0) | トラックバック (0)

天女舞の桜

味方健先生の伝書を読む会『二曲三体人形図』が終わり、次回からは『風姿花伝』に入る。

健先生は、『二曲三体人形図』の講義の中で、天女舞図だけがまわりに描かれた花が梅ではなく桜であることを気づかれた法政大学の院生の方の観察眼はすごいと、繰り返しおっしゃられていた。
その方がどういう方なのだろう、何に書いていらっしゃるのかと、ずっと気になっていた。

20130824

灯台下暗し。
『風姿花伝』の予習にと、岩波講座の『能・狂言 II能楽の伝書と狂言』を読んでいたら、その出典が記されていた。ちゃんと勉強しなあかんと反省。

片岡美智「『二曲三体人形図』の天女舞について」(『観世』昭和53年2月)

偶然にも、手元にあり、すぐに上の論考を読むことができた。

その理由こそ、『二曲三体人形図』で学んだことを、一言で要約したようなので、引用。

「〈天女舞〉だけが梅花でなく桜花をあてがわれ、構図も全く違っているという事実は、一体何を物語っているのだろうか。それは、天女・天女舞が大和猿楽の本来の芸ー三体や碎動風・力動風ーとは異質の芸であることの象徴である」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

笛のお稽古 船弁慶

笛のお稽古も習い始めて早くも6年目。
そして再来週には、2回目の発表会が迫っている。

20130823

左鴻泰弘先生の社中の会「第二回 鴻之会」が、9月1日(土)、河村能舞台で開催される。
その会に向けて、最後の追い込みのお稽古中。
私は、「船弁慶」の前場、静御前が義経との別れを惜しんで舞う場面で、中之舞を吹く。
小鼓は小鼓師匠の吉阪一郎先生、大鼓は河村大先生、謡を味方玄先生と吉浪壽晃先生がお相手してくださる。

笛を習い始めて最初に習う曲が中之舞。
私は、とことん中之舞から卒業できずに苦しんだのに、いまだにまともに吹けない情けなさ。
稽古不足とセンスの無さが、大きな原因。
とにかく舞台を楽しみたいので、悔いの残らないようにお稽古あるのみ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

京都で黒川能を観よう

今日は、お友達の社中会で金剛能楽堂へ行って来た。
金剛流シテ方宇高竜成師の能楽教室「景風会 夏の会」。
お友達は珍しい曲「大蛇」の仕舞。
鱗文様のおキモノがステキすぎる。

金剛能楽堂のロビーで、黒川能の文字の入ったチラシを見つけ、狂喜乱舞。

20180818

京都で40年ぶりの黒川能が!

平成25年10月19日(土)
会場 金剛能楽堂
能『道成寺』 斎藤賢一太夫
狂言『こんかい』 五十嵐信市
主催 公益財団法人金剛能楽堂財団
後援 古典の日推進委員会
※チケットはまだ発売されていませんが、8000円の予定で自由席とのこと。

黒川能には、上座下座の二座があり、上座に道成寺、下座に鐘巻が残っている。
斎藤賢一太夫は、上座の太夫なので、今回の公演は、上座の能。

以下は、平成23年に見た王祇祭での上座『道成寺』と『こんかい』。
『こんかい』は、『釣狐』と同じ内容。

201308181

201308182

201308183

追記
能つながりのお友達の情報によりますと、「(10月)前日の18日は、内宮参集殿能舞台て、黒川能下座『三輪』上座『大蛇』が13時からあります。」とのこと。

権藤芳一著『戦後関西能楽誌』に、「京都で初の黒川能公演が金剛会主催で(昭和48年)11月5日催された」とあります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年納涼古本まつり

毎年恒例の下鴨神社の糺の森で開催される納涼古本まつり。
今年も初日と最終日に行ってきた。

その時々に興味のある本を大量に買い込む。
今回も能楽に関連する本をたくさん買った。

中でも収穫は、松尾恒一著『延年の芸能史的研究』(岩田書院)と、小林莞佶著『京都観世會三十年』(桧書店)。

『延年の芸能史的研究』は、以前に図書館で借りて読んだが、手元に置きたと思いつつ買えなかった本。
奈良の百済書房さん、超格安にて出してくださっており感謝。
ちなみにツイッターでもつぶやいたが、竹本幹夫著『観阿弥・世阿弥時代の能楽』が、なんと4000円で出品されていた。最終日にも売れ残っていたので、欲しい人は百済書房さんに問い合わせるべし。

『京都観世會三十年』は、京都の能楽史に興味のある私にとって、戦中戦後の様子を知る貴重な資料。著者の小林莞佶氏は、丸太町西詰にあった観世能楽堂で事務方を勤められた方。
謡曲史跡めぐりの記事の中では、平家オタクの私が知らない京都市内の平家史跡が載っていた。知っているつもりで、知らないことが山ほどあることを痛感させられた。だから京都って面白い。

疲れたら、ちょこっと休憩。
下鴨神社の鳥居前のさるやさんが、昨年からのわが家のお決まり。

申餅と冷たい黒豆茶のセット、氷室の氷でほっこり。

申餅は、140年ぶりに復活した和菓子。小ぶりで食べ易い。
黒豆茶の黒豆は、お茶をいれた後、塩をつけて食べるようになっている。
わが家の裏技は、黒豆を、かき氷にのっけて食べること。見た目も美しい。
こちらのかき氷の蜜は、黒蜜、抹茶、イチゴとあるが、みな自家製。
かき氷は、キンとくるのが苦手だが、こちらのかき氷は不思議とキンとこない。

20130816


| | コメント (5) | トラックバック (0)

明建神社薪能『くるす桜』

行ってみたかった明建神社での薪能『くるす桜』に、今年はやっと行くことができた。
神社の舞台での奉納能は、場所・空間という最高のシチュエーション。
加えて神社ゆかりの人物が主人公とくれば、趣も倍増。
目に見えない何かがそこにいるというような、幻想的な一夜を過ごさせていただいた。

能『くるす桜』は、明建神社(岐阜県郡上市大和町)の例祭日8月7日に、薪能として毎年奉納されている復曲能。
復曲改作に関わられたのは、伝書の会でお教えていただいている能楽師シテ方味方健先生。
昭和63年からはじまり、今年で26回目となる。
今年の演目は、連歌奉納、地元の小学生による連吟『くるす桜』、能『田村』、火入之式、狂言『成上り』、仕舞に続いて能『くるす桜』。

201308169

能『くるす桜』は、中世にこの地を治めた東氏の9代目東常縁(とうのつねより)が、妙見宮の桜並木にさしかかった旅の僧の夢に現れるお話。

神仏分離で明建神社と名前を変えたが、もとは妙見宮で、東氏が下総国から郡上へ入部した際に、千葉氏の氏神である妙見菩薩を勧請した(東氏は、千葉氏の一族)。
「くるす桜」とは、妙見宮の桜並木。
東常縁は、連歌師の宗祇に古今伝授を行、能の中でも宗祇との連歌のやりとりが盛り込まれている。
間狂言が庄屋と連歌師のやりとりで、面白かった。

『未刊謡曲集 二十二』に、京都下村家旧蔵本(天理図書館蔵)の「栗栖桜」、『未刊謡曲集 十二』に、伊達家旧蔵本(宮城県立図書館蔵)の「常縁」が翻刻されている。
『未刊謡曲集 続四』(古典文庫)には、味方健先生が復曲改作上演された詞章と、その底本となった村瀬本が翻刻されている。特に解題に、改作復曲にあたっての味方先生の要点メモも載っているので、ぜひ読んでいただきたい。

2013081610

神社の隣は、古今伝授の里フィールドミュージアムとして地域の活動拠点となっている。
施設の中の東氏記念館には、東常縁と東氏史料、古文書類、東氏館跡の出土品、篠脇城の模型などが展示されている。
神社の対岸は、東氏の篠脇山城で、その麓は東氏館跡庭園として、発掘された庭園遺構が整備復元されている。
篠脇城は、中世の山城で、城郭を囲む放射線状の竪堀が面白かった(恐がりのワタシでも、行きは20分弱、帰りは10分くらい。急斜面なので、運動靴は必要)。

薪能の前に、東氏記念館を見学し、篠脇城へ登ってみると、さらに楽しめるかも。

201308168

参考文献:『薪能くるす桜 20周年記念誌』(薪能くるす桜実行委員会)、『古今伝授の里紀行』(古今伝授の里フィールドミュージアム)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

明建神社の七日祭(なぬかびまつり)

岐阜県郡上市大和町の明建神社の例祭日に奉納される薪能『くるす桜』を見に行って来た。
昼間の例大祭では、中世の田楽を彷彿させる「七日祭」を見学。

「七日祭(なぬかびまつり)」とは、明建神社(郡上市大和町)に奉納される神事で、拝殿での神事に続き、神輿の渡御、野祭りが行る。
渡御の行列は、先導(露払い)、宮司、子祢宜、祝、献幣使、弓取、神輿、拍子音頭取り、杵振り、笛吹き、太鼓、猿田彦(鼻高)、獅子、篠葉踊子の順に、拝殿正面を出て、拝殿を3回まわり、縦大門・横大門を通って、桜並木道を往復する。

渡御の行列が戻ると、ムシロを敷き詰めて用意された庭に、円座に座り、濁酒と粽をいただく。
濁酒は、見学者にもふるまわた。
そして「神前の舞」「杵振りの舞」「獅子起しの舞」と、田楽が繰り広げられるた。

七日祭りを題材にしたフォトコンテストが開催されていたようで、カメラマンの多かったこと!

拝殿のまわりをまわる。
カミノウケンナル、タケノハヤシボーンボという囃子言葉は、どういう意味なのかしら?

201308161

濁酒がまわる。

201308162

「神前の舞い」
神輿を担ぐ4人が、ささらの小さいようなものを手にして舞う。
いただいた篠脇顕彰会さんで作られた祭りの解説書によると、手にしているのは算木とある。

201308163


「杵振りの舞」
杵を担いで餅をつく所作をしたり、杵を天高く投げたりして舞う。

201308164

「獅子起しの舞」
はじめに鼻高(猿田彦)が一人で舞ったあと、獅子が登場。
臥せっている獅子を鼻高が起こす。

201308165

201308166

獅子は登場するまで、獅子の座でお休み。

201308167


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年千本六斎念仏(千本ゑんま堂奉納)

今年も六斎念仏の季節がやってきた。

千本六斎会さんによる、千本ゑんま堂奉納。
今年のお獅子は、若い二人。
見事に決まる!

201308141

芸能六斎の華でもある「獅子と蜘蛛の精」の対決!

201308142

201308143


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »