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鵜羽@大槻能楽堂

先週末、観たかった能「鵜羽」を、贔屓の赤松禎英師♡が舞うというので、久しぶりに大槻能楽堂へ行く。

鵜羽は、将軍家にとって不吉な曲とされ、江戸時代初期より廃曲になっている。
というのは、室町時代、赤松満祐が、将軍足利義教を自邸にまねき殺害したのは(嘉吉の変)、『嘉吉記』によると、ちょうど鵜羽の観能中のできごとだったからだ。
今回上演される「鵜羽」は、平成3年(1991年)に大槻文蔵師が中心となって復曲されたものだ。

家を出て最寄り駅の駐車場へ自転車を留める前、赤松満祐邸跡に寄り道する。
赤松満祐邸跡は、『建内記』に「西洞院以西 冷泉以南 二条以北」とあるので、ちょうど京都国際ホテルの北東くらいになる。義教は、鵜羽のほかに2番、何を観たのだろう…
大槻能楽堂へ着いたころまでは、とても晴れていたが、能楽堂に入ってしばらくすると、激しい雨となった。演能中も、雷の音がたゆまなく聞こえる。シテは赤松をなのる能楽師だし、足利義教の呪い?赤松満祐の怨念?と、よからぬ妄想をしてしまった。

能「鵜羽」
シテ:赤松禎英 ツレ:武富康之
ワキ:福王知登 ワキツレ:中村宜成、,喜多雅人
間:茂山あきら、茂山千三郎、茂山童司、丸石やすし、松本薫
笛:藤田六郎兵衛 小鼓:清水晧祐 大鼓:白坂信行 太鼓:三島元太郎

舞台には、波の文様が入った一畳台と、その上には鵜の羽で半分葺かれた仮屋が置かれた。
間狂言の後、後場の前に、仮屋は取り去られ、二つの宝珠が置かれた。

神代の古跡を訪ねるため日向の鵜戸の岩屋にやってきた恵心僧都。
そこで出会った海女が、鵜の羽で半分だけ葺かれた仮屋のいわれ、豊玉姫とその子・鵜羽葺不合尊の故事を語る。僧都が干珠満珠のありかを尋ねると、海女は自分が豊玉姫であることをほのめかして消える。
やがて、豊玉姫である龍女が現れ、干珠満珠を捧げ持ち舞を舞い、僧都に妙法を授けられることを願って、海中に消える。
というお話。

間狂言は、大槻文蔵師らが復曲したときに創作されたもの。
鱗(うろくず)の精が登場する。「うろくず」とは魚のこと、つまり魚の精。頭に魚のかぶり物をしている。
にぎやかしく楽しい演出。

前場の海女は、とても上品な感じで登場。
後場の龍女は、凛として美しかった。
舞衣は、萌葱色(↑番組の色)と銀色の大きめな鱗文様。
脇正面の1番前に座っていたので、珠を捧げ持ち一畳台から降りる一瞬の緊張の「間」を垣間見ることができて幸せ。やっぱり好きだわ〜と目がハートになったのは、言うまでもない。

笛は藤田六郎兵衛師。この上なく、鵜羽にぴったりな笛の音。破ノ舞にしびれる。

※昔、平安京探偵団に、足利義教の記事を書きました。
十念寺(京都市)と祟禅寺(大阪市)にある義教の墓の写真も載せているので、お参りしてください。
合掌→http://homepage1.nifty.com/heiankyo/rekishi/reki14.html

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