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京都と義経

昨日、京都アスニーへ、上横手雅敬先生の講座を聴きに行った。
テーマは「京都と源義経」。受講者は、ほとんど60歳以上。
題名に京都がついているが、京都を中心とした話であるということではなく、雌伏期、全盛期、逃亡期に分けて、義経の生涯を概説された。
伝説に満ちた牛若丸時代。ことに、京都の紫竹は、義経伝説の集積地。
ただし、義経の青年期については、伝説すら無いというのには驚いた。

創作とはいえ、義経が紫竹で生まれたという伝説のもと義経誕生井。
上横手先生も、この義経誕生井の石碑の前にある小さな石に、応永の年号が入っていることを指摘され、この伝説が室町時代からあったものであることをおっしゃっていた。
保立道久氏のNHKブックス『義経の誕生』にも、この応永の年号が入った石碑のことが紹介されている。
以前に誕生井を見に行った時は、気づかなかったので、昼から確かめに出かける。
確かに誕生井と胞衣塚の前の小さな石のそれぞれに「應永二年調之」(応永2年は1395年)と刻まれている。
室町時代に、こんな年号の書き方をするのかなあ?
ダンナさんに写真を見てもらいながら2人で首をかしげる。

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誕生井と胞衣塚のすぐそば、紫野上野町のバス停の南に、「はっぴぃカフェ」という喫茶店がある。
小さな喫茶店だが、「義経展開催中」という張り紙にひかれて入った。
和室の一間に、近辺の義経史跡の写真が展示されていた。
個人宅にあるので見ることができない弁慶の腰かけ石の写真も展示されていた。写真とはいえ、初めて見ることができて感激。
他にもガイドブック等では紹介されていいない義朝を祭っている神社の紹介もあった。地元の人しか知らないだろうなあ。
さっそく帰りに寄ってきたのが下の写真。総神社。
050220-3

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「京都&歴史」カテゴリの記事

コメント

穴瀬さん こんばんは。
レスが遅れてスミマセン。
この辺の史跡はみんな、穴瀬さんのフィールドですね。
「築山町の弁慶の腰掛石」、人気がおさまったころに、ぜひとも見せてもらいに行きたいと思います!
その節は、よろしくお願いいたします。

投稿: ラン2 | 2005.02.28 19:44

こんばんわ ご無沙汰しています
 先日、北区の市民新聞に築山町の弁慶の腰掛石が紹介されたそうで、200名ほど見物人が来られ商売上がったりだとこぼされていました。
 「義経と源平の京都」読んでいます。義経誕生地関連は家の近くばかり、近所には伝説が多く、真偽のほどは別にして楽しんでいます。
 団長先生のブログ拝見しています。ご夫婦でブログ、本格的な内容で素敵ですね。平家物語のランキング人気の高いのは当然だと思います。楽しみに読ませていただきます。
 

投稿: 穴瀬 | 2005.02.27 00:53

胞衣塚の字、フィーリングですけれども。しかし、まあ、疑ってかかった方が無難かもしれませんね。

投稿: 高尾 | 2005.02.24 12:32

高尾さん、コメントありがとうございます。
専門家にそう言っていただけると、心強く思います。
異本義経記を通して考えていることがあるので、いずれどこかで発表できたらなあと思っています。

話は変わりますが、うちのダンナさんも、日記がわりにブログ「平安京閑話」を始めました。
お暇なときにでも見てやってください。
左のリンクからどうぞ♪

投稿: ラン2 | 2005.02.23 12:29

応永につくられたという胞衣塚、写真を一見した限り、なんだか筆の感じが近世っぽいですね。それも近世後期っぽいなあ。漠然とした印象なのですが。少なくとも中世じゃない感じがしますね。

投稿: 高尾 | 2005.02.23 08:32

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