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中世都市嵯峨探偵団

今日から龍谷大学の古文書研究会が始まったが、マックの様子が心配で欠席させてもらう。残念。
薬が効いてきたのか、今にも死にそうなぐったり感は無くなったものの、まだ調子が悪い。
ダンナさんが論文の取材に嵯峨へ行くというので、連れて行ってもらう。マックを、嵯峨の広い場所で放してやろうと思ったからだ。
清涼寺の近くの広場で遊ばしてやる。ちゃんと歩けないが、大喜びでヨタヨタ、クンクンしていた。

ダンナさんは今、中世都市嵯峨の論文を書いている。
確かめたい場所があるというのでついて行った所は、嵯峨小学校。
小学校の正門を入った所に、「天竜寺塔頭招慶院旧址」の石碑が建っている。招慶院とは元は霊松庵と称した天竜寺の塔頭で、明治初年に廃寺になった後、その堂社は小学校になった。
霊松庵は、「応永鈞命図」(1426年)に描かれている。中世都市嵯峨の寺社は、応仁・文明の乱でほとんど焼けてしまったにも関わらず、明治初年まで続いていたことに驚く。
校舎の横には、築山と池も残っている。池部分はだいぶと補修のされているようだが、築山部分はいきているように見えた。それが下の写真。

050106

他にも平安時代の道をたどったり、意外な神社を知ったりと、探偵が続く。
平安京探偵団にぜひ書きたいというネタをいっぱい拾うことができた。

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