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義朝の墓

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平家琵琶の演奏会の前に、知多半島の先端、野間の大御堂寺(野間大坊)にある源義朝の墓と周辺史跡を訪ねた。
『平治物語』で良く知られる場面の舞台だ。詳しくは平家物語歴史紀行で更新させるので、とりあえず写真だけでもどうぞ。
平治の乱に破れた源義朝は、東国へ落ちのびるの途中、家来の鎌田正清の義父長田忠致を頼る。しかし義朝は、長田忠致に裏切られ浴室で殺されてしまう。後に平氏を滅ぼした源頼朝は、父の供養のため大御堂寺に七堂伽藍を寄進したという。
源平関連の史跡とわたしのデジカメは、相当に相性が悪いらしい。
壇ノ浦へ行った時、カメラを落として壊したが、今回もメモリーカードが認識せずデジカメでは10枚ほどしか撮れなかった。まさに一押し入魂の写真だ。
野間駅は無人。駅のまわりは田んぼで店は皆無(T.T)。大御堂寺の前の旅館に駆け込み、使い捨てカメラを買いなんとか間に合わせたが、できあがってきた写真はどれもガックリな構図。
年に1度、大御堂寺では義朝の最期の絵解が行われるというので、リベンジを誓う。

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湯殿跡に建つ源義朝像。

一泊した次の日は、愛知県立図書館で、地元でないと手に取れない郷土資料をあさってコピー。
まだ資料を全部は読んでいないが、訪ねてみた感想として、野間の大御堂寺周辺の義朝関連史跡は、大御堂寺の絵解から発生して形作られていったんだなあと思った。
絵解を聞いて、ここがそうだといいながら周辺を回るのは楽しい娯楽だったろうし、わたし自身も絵解きの掛け軸を見てから、ああ、あの場面がここだ!と思いながら回ったもの。
近世の地誌には、知多半島の土産として長田蟹が載っていた。平家蟹のことを、知多半島では長田蟹というらしい。恨んで死んだ長田親子の怨念が蟹にのりうつったとされている。

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